第4話偽りの面

瀬見良さんに追い出されるように下校し、今僕が住んでいる部屋の扉をガチャリと開けた。

「ただいまー…って、誰もいないのに何をやってんだ僕」

誰もいるはずのない、薄暗い部屋に向かって僕は玄関でただ虚しくなるだけのことをしていた。

なんだか1日家をあけていたような感覚じゃないなぁ。多分ずっと寝てたからだろうなぁ。明日からは授業も始まるし、ちゃんと寝ないようにしなくちゃ。

引っ越しをしてからもうずいぶんと日がたったからか、もう引っ越しをしたばかりの頃に感じた初めてのわくわく感はなく、安心感だけがあった。その自分の部屋の中で、いつもと同じように昨日の残り物を夕飯としてたべ、少し時間をおいてからお風呂に入り、パジャマに着替え、いつものようにふかふかなベッドの上に座った。

なれないことをして疲れてしまったのか、さっきからあくびが止まらない。時計を見ると時間はまだ21時過ぎ。まだ寝るには早い気もするけど、今日はもう寝てしまおうと布団に潜ると、昼間のことを思い出した。

「自分に聞いてみる、か」

昼間にもやろうとしたけど、もう少しでできそうな所で瀬見良さんに止められてしまったよな。できるか分からないけど、寝る前に少しだけやってみようかな。

僕は昼間のように手を胸にあて、瞼を閉じた。



瞼を閉じて少し時間がたつと、昼間と同じ感覚に落ちた。暖かな陽の光に包まれながら、水の中のような、お花畑の絨毯じゅうたんの上に寝転がっているように心地のいい感覚。その感覚には少しだけ懐かしさも感じた。

それを感じてからどれほどたったのかは分からないが、気がついたときには目の前に見覚えのない一本道があった。

どこだ、ここ?見覚えがないはずなのに、なんだか来たことがあるような感じだ。なんでだろう?

ここがどこだか知りたかった僕は、とりあえず進んで見ようと真っすぐ歩き始めた。

辺り一面はなぜか真っ白で、だけど歩き始めるとそこに景色が映る。まるで夢の中のような場所だ。

進めば進むだけここがどこだか分からなくなるなぁ。

どれだけ歩いたか分からなくなりそうになったとき、目の前に一軒だけポツンと建っている民家が見えた。

どこかに行くあてもなかった僕は、その家に入ってみることにした。


その家は実家と同じような外装で、玄関前にある表札には『神谷』と書かれていた。

この家、僕の実家だ。とうとう夢にまで出てくるようになったのかな?いやいや、そんなわけないよね。とりあえず家の中に入ってみようか。と、家の扉をガチャリと開けた。

扉を開けた先には、家具やら間取りやらが全て実家と同じで、本当に実家に帰ってきたような気分になった。ただ1つ、その中で違和感をあげるなら、全く同じ家の中に、まるで鏡写しのように、もう1人の僕が食卓の周りを囲むように置いてあるイスの一席に座っていた。



「やぁ、いらっしゃい僕が思っていたより早い到着だったね」

「な、なんで僕がもう1人居るの?」

「まあまあ、とりあえず座りなよ。話はそれからだ」

そういうと、イスに座るようにと指で示された。

だが、イスに座ってからどちらも話すことがなく、しばらく沈黙が続いた。

「それで、幸四郎くん。なにか聞きたいことはないのかい?なんでも答えてあげよう」

沈黙に耐えられなかったのか、呼吸を1つおいて、もう1人の僕が話し始めた。

「とりあえず、君のことはなんて呼んだらいいの?」

呼び方を決めないと質問をしようにもしずらいと思い、僕はそう聞いた。

「そうだなぁ、じゃあ僕のことは鏡谷かがみやとでも呼んでくれよ」

語感もいいしと、そんな理由でいいのかと言うほど安直な呼び方に決まった。

「それじゃあ鏡谷、君は誰?」

「僕は簡単に言えばと言ったところかな 」

「別人格?どういうこと?」

僕が最も気になっていたことに対する質問の答えにまた質問をすると、それはね、とさらに話し始めた。

どうやら鏡谷―――もとい、僕の別人格は、ずっと心の中にいたらしいが、いつの間にか自分でも気づかないうちに鏡谷を閉じ込めてしまっていて、どこにも現れられなくなってしまったらしい。

「それで、それをといてくれたら、僕を瀬見良くんと話していたペルソナというものになってあげよう」

「本当に?確かにそれなら鏡谷はいつでも出てこられるし、僕はペルソナが使えるけど、それって使ってる僕になにかペナルティとかないよね?」

使ってもいいとか言われてそれがわなだったらなんてことを考えてしまい、恐る恐るそう聞くと、鏡谷は腹を抱えて笑った。

「ペナルティなんてあるわけないでしょ〜こっちから使っていいって言ってるのに、なんでそんな危険なものを使わせようとするんだよ」

まあそう思っても無理はないか、と僕が到底するとは思えないような笑顔で言った。

そうなると、別人格鏡谷を使うにはどうしたらいいんだろう?

「僕を使うには、面を付ければいい」



「面を付ける?」

「そう。僕を使うには、ペルソナという名の面を付けるんだ」

「でも、面なんてどこにあるの?」

面をつけろだなんて言われても、どこにあるか分からない以上は付けられない。それに、もしそれをつけることが出来なかったらきっとこの夢からは出られない。そう思い鏡谷に質問した。

「面はあるんじゃない。

質問の答えは、面はないと言っているようなものだった。

「面を造るって、どうやって造るの?造り方なんて知らないよ?」

「そんなの、聞かなくても君がいちばんよくわかっているはずさ。ほら、目を閉じてみて。きっと答えてくれる」

面なんて今初めて聞いたんだし、造り方なんて知っているわけがない。なのに、鏡谷は僕が知っているかのように答えた。きっと答えてくれるって、誰が答えてくれるんだよ。まあ、そうしないと次へいけないんだろうし、目を閉じてみるか。

僕は言われるがままに目を閉じた。



目を閉じた先には、思った通りの暗闇くらやみがあり、その中に僕の顔によく似た面が1面浮かび上がってきた。僕はわけも分からないまま、その面に手を伸ばした。

「―――郎くん、幸四郎くん。うまくいったみたいだね。いやぁよかったよかった」

面に手が届いたところで、自分の声に呼ばれ、目を開いた。

「うまくいったって、あれが造ったってこと?」

面なんてどこにもないのに、あれが成功?なんでだろう?

「もう君が持ってるじゃないか。ほら、手を見てごらん」

そういえばさっきから手が重いけど、面なんてあるわけないよ。

半信半疑な気持ちで僕は自分の手へと視線を向けた。視線を向けた先には、確かに目を閉じたときに見たものと同じ面があった。

「ほ、ほんとだ、さっきと同じやつだ」

「ほらね、あったでしょ?さあ、その面をつけて、家から出るんだ。そうすれば夢からは覚める。けど、一つだけ注意点がある」

これだけは絶対に気をつけてほしいんだ、と先程までとは変わり、ものすごく真剣な眼差まなざしでこちらを見つめている。

「注意点ってなに?」

「この面を付けると普段他の人が付けている面が見えるようになる。それで、その面はうそをつくと黒くなるんだ」

「それがどうしたの?」

「この面は普通、気づかないうちにつけているものだから、他の人はこれを認識することができない。だから、この面のことは君にしか分からないんだよ」

普段は君も鏡を見ないと認識できないようにはなってるから安心してね、言われた。

「わかったよ、このことは誰にも言っちゃいけないんだね、気をつけるよ」

「まあ君なら大丈夫だと思うけどね」

どういう意味だよ、それ。まあいいや、とりあえず面は付けたし、夢から覚めよう。僕は最後にありがとう、と言って玄関から家を後にした。

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