第3話 瀬見良の特訓

「ど、どこに行くんですか?」

「……黙ってついてこい」

生徒会室に入ってからトントン拍子で話が進み、気づいたら部活棟からかなり距離が離れたところにある生徒棟の物置き場となっている教室の方へと連れていかれた。お祭りな雰囲気が漂っている部活棟の方からはまだうっすらガヤガヤと声が聞こえてくる。

どうしよう、すごい気まずいんだけど。さっきから何回も話しかけてるけど、いいからついて来いだの、黙ってついてこいだの言われるだけでひとつも話してくれない。

まあでも、黙ってついこいって言われた以上そうするしかないか。それにしても、どうしてこんな物置き場みたいになってる教室の方まで来たんだろう?こんな場所じゃなくても空き教室ぐらい他にもあるだろうし。

なぜこんな場所まで来たのかと疑問をうかべるがそれを今目の前にいるここまで連れてきた当の本人瀬見良さんにぶつけることができずにもどかしさが残る。

「着いたぞ、ここだ」

そのもどかしさを感じている最中、ピタリと先輩の足がひとつの教室の前で止まった。その教室の前には文字が書けるようになっている置き看板が置いてあり、そこには「第2生徒会室」と書かれていた。

第2生徒会室って、なんで2つも生徒会室があるんだろう?どんどん疑問が湧いてくるな。聞きたいけど瀬見良さんはあの感じだから聞けないもんね。仕方ないか。

うんうんと仕方ないことに1人納得していると、ガラガラガラッ!と何も言わずに勢いよく教室の扉を開けた。

扉を開け、スタスタと瀬見良さんは教室の中へと入っていく。それを追うようにして僕も教室に入った。教室の中には向かい合うように置かれた2席のイスがあるだけで、それ以外は見渡しても何もなかった。 瀬見良さんはそのイスに歩いていき、そのままイスに座った。

「神谷も早くこっちに来い扉は閉めろよ」

「は、はい!」

僕は言われた通り扉を閉めて瀬見良さんの向かいに置かれたイスへと座った。



いったい今から何が行われるんだ……?

本当に分からないんだけど。瀬見良さんは何を教えてくれるんだろう?それにさっきからずっと黙って僕のことを見つめてくるし、どうしたらいいんだろう?

どうしたらいいか分からず戸惑っていると、瀬見良さんが大きなため息をついた。

「本当はおまえに何かを教えるなんて嫌なんだよ」

「え、そうなんですか?」

「そりゃそうだろういきなり来たやつに何を教えろって言うんだ」

塾講師じゃないんだぞ俺は、と真っ当な意見を愚痴をこぼすように言い出した。

た、確かにそうだよね。いきなりきて何か教えてもらおうとしてるんだもんね。会長が進めてきたとしても迷惑すぎるよね。

その後も何を教えればいいんだとか、なんで入学式の日に生徒会室まで来たんだなどといった愚痴をこぼしていた。それを頑張って聞き流さずに受け止め勝手にグサリグサリと胸の中にその愚痴たちを刺していた。

勝手に刺してもう僕の心がズタボロになったあたりで瀬見良さんの覚悟が決まったのか、もう1度ため息をついてから自分のほほをパチンッ!と思いっきり両手で叩いた。

「まあこんなことをだらだらと言っていてもどうしようもないからな、そろそろ始めるか」

「は、はい!お願いします!」

「だが勘違かんちがいはするなよ?これはおまえのためじゃない、立村のためだからな」

あいつが言ったから付き合ってやってるだけだ、と少しだけ面倒くさそうにして言った。

会長と瀬見良さんって仲がいいんだなぁ。なんて思ってみたけど、こんなこと瀬見良さんに言っちゃったらもう教えてくれないよなぁ……気をつけないと!

「早速だが、俺の教えることは『心理学』だ」



「『心理学』、ですか?」

心理学ってあの心理学だよね?これが基礎になるの?どういうこと?

「だが、おまえが思っているようなものじゃない、おまえにはこの一週間で『ペルソナ』を使いこなせるようになってもらう」

ペルソナ、そう瀬見良さんの口から聞こえた。

……ペルソナってなに?初めて聞いたんだけど、なに?ほんとに知らないんだけど。

「あ、あのペルソナ、ってなんですか?」

なぜかは分からないが、瀬見良さんに怒られそうな気がして恐る恐る聞いてみた。

「おまえペルソナそんなことも知らないのか。いいか、1回しか言わないからな。」

そう念を押され、説明が始まった。

ペルソナなんて普通に生活してたら絶対耳にしないって。

そんなことを思いながら瀬見良さんによるペルソナについての説明を聞いた。

ペルソナとは相手に見せる自分―――つまり偽物の自分・・・・・。それを作り、上手うまく使いこなすことが今回僕に課せられた課題らしい。

でも偽物の自分を作るだなんて、そんなことが本当にできるのかな?そもそも作れたとしてもどうやってそれを使えばいいんだろう?

「神谷、おまえいまどうやって作ってどうやって使えばいいんだみたいなことを考えてるだろ」

「え、な、なんでわかったんですか?」

「俺は心理学とかそういうのが好きなんだ。だからそういうのには詳しいつもりだ。」

今まさに心の中で思ったことを言い当てられ驚いている僕にそんなことを瀬見良さんは言った。

「まあ、まずは自分を知れ。それが1番大切だ。」

「自分を知るってどういうことですか?」

「そのままの意味だ。自分のことを知ればいいんだ」

それが分からないんだよなぁ。そもそも自分を知るってなんなんだ?

しばらくそのように頭を抱えている僕に嫌気がさしたのか、1度ため息をつき、話し始めた。

「自分を知るには日頃の自分を観察するか、自分に聞くしかない。だからまずは自分に聞いてみろ、特訓はそれができないと何も教えられない。」

手を胸にあててみろ、とそうアドバイスのようなことを言われた。

日頃の自分を観察するか、自分に聞く、か。とりあえずやってみないことにはなにも始まらないし、思うようにやってみようか。

僕は言われた通り手を胸にあて、まぶたをゆっくりと下ろして目を閉じた。

チクタクと教室にある掛け時計から秒針の音が聞こえ、すぐ目の前にいる瀬見良さんの息づかいまでもが聞こえてくる。

その聞こえてくる全ての音が心地よく感じた。

……あぁ、今まで生きてきてこんな心地のいいことがあったかな。それにもう少しで自分と会話ができそうな気がする。

「―――神谷!おい聞こえないのか!神谷!」

「は、はい?ご、ごめんなさい」

僕がとっさに謝ると、瀬見良さんはまったく…とさらに面倒くさそうにした。

今ちょうどいい所だったのになぁ。なんでいきなり止めたんだろう?

「おまえが来るのが遅かったから、そもそもあんまり時間がなかったんだ。だから続きは帰ってからやってくれ。いいな?」

ほら、1年生はもう帰らないと、そう早く帰れと言わんばかりに瀬見良さんから急かされてしまった。

なんだ、そういうことだったのか。それならそうと初めから言ってくれればよかったのに。

まあいいや。時間的にほんともうギリギリだし、帰ってから早速試してみようかな。

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