第3話助け合う関係
急に動悸がして、はっ、と息が詰まった。
そして心臓が酷く冷え込み、震え出す。
その後すぐに全身の血の気が引いて、体全体にゾッと寒気が走る。
状況を脳内で処理する前に、そう心が真っ先に勘づいて反応した。
こんな事をするのは、いじめ屋の奴ら以外に誰もいない。
ふと急に周りからの視線を感じた気がして、僕は咄嗟に周りを見渡す。
でもどこにも見当たらなかった。
どこに、、隠されたんだろう。
はっ、早く探さなきゃ、、、
そう思った心は、ブルブルと震えていた。
僕はふらふらと靴下のまま昇降口を抜け、校庭に出た。
足元の地面がグラグラと揺れる感覚に陥る。
僕はしばらく歩き、自販機の隣に設置されたベンチにすとんと座った。
酷い息切れが続く。
両膝に肘を付いて、上半身を屈めて俯きながら、手を前で組み合わせた。
僕の心に突き刺さったあの西田さんの言葉と、さっきの下駄箱の状態が、交互に頭の中に何度もよぎる。
もう僕の心は粉々に砕け散っていた。
何もできない、何もしたくない
死にたい、、、
ふと頬がひんやりと冷たくなる。
手で触ってみると、その手が濡れた。
正体は、僕の目から零れ落ちた涙だった。
すると、途端に勢いを増してポロポロと涙が溢れ出てきて、堰を切ったように僕は喚き声を上げながら泣きじゃくった。
地面にポタポタと涙が垂れ落ち、アスファルトの地面に染みができる。
情けないなぁ、、、
でも涙は止まらなくて、身体が、心が許してしまっていた。
それからどれだけ時間が経ったか分からない。
ただずっと、多大な苦しみに犯されながら涙を零し続けた。
その時だった。
「あの、これですか?」
ふと、頭上で声がする。
可憐で小さく呟くような声。
僕は涙を流したまま、弾けるように咄嗟に顔を上げる。
そこにはローファーを片手で掴んで差し出している西田さんがいた。
「これ、一階の廊下のゴミ箱の中に入ってましたよ。私もよくここに隠されていたので分かりました。偶然ゴミが溜まっていなかったので汚れてはいませんが、一応濡らしたハンカチで吹いておいたので安心して下さい」
彼女はそう言って、ニコッと満面の笑みを浮かべた。
でも、どこか悲しみの色が混じっているような気がした。
彼女はローファーを僕の足の前に揃えて並べる。
僕は左右の足をそれぞれ地面に押し付けるように入れてすっと履いた。
動悸が治まり、震えて冷えきっていた身体も元に戻った。
そして胸が暖かさに包まて、同時にきゅぅっと切なくなった。
「あ、ありがとう」
こんな姿を見せて情けないけれど、何だか生暖かい嬉しさと切なさが混ざって込み上げてきて、僕は噛み締めるようにそう言った。
気づけば涙は止まっていた。
「いいんですよ。それより、、、色々とごめんなさい」
そう言って優しく微笑みかけた後、彼女は深く頭を下げた。
「えっ、ちょっと!」
僕はそう言って咄嗟に片手を伸ばした。
「私がこんなだから、貴方をここまで、、苦しめてしまって、、」
途切れ途切れの震えた声で彼女は言う。
はっ、と息が詰まる
ふと視線を落とすと、手の色が黄色がかるまで強く握りしめた彼女の拳があった。
ぶるぶると小刻みに震えている。
ぎゅぅっと胸が締め付けられた。
そしてぶわっと胸の奥底から湧き上がっていて、目頭が熱くなる。
「さっきの事も、私はあんな事を言いたかった訳じゃないんです。
本当は嬉しかった。
嫌われてしまったかと思っていたけど、また友達になろうなんて、驚いちゃて、、」
彼女は涙声になる。
頭を深く下げたまま全身を震わせ、ポタポタと地面に涙が落ち始めた。
僕は即座に口を開く。
「いや、違う、僕は西田さんを嫌ったりなんかしてない。僕は狡くて卑怯で、ある日あのいじめ屋の三人に脅されて、怖くて逃げたんだ!僕が弱いのが全部悪いんだ!」
そう急に溢れ出す思いを全て吐き出した後に、「本当にごめん、、」と沈んだ声が出た。
また僕は顔を俯かせる。
「僕が強かったら、僕が臆病じゃなかったら、、、」
心臓が鉛のように重たくなる。
息が詰まって、呼吸が困難になる。
瞬間、
目の前が真っ暗になって、僕の頭がぎゅっと暖かい温もりに包まれる。
そして、
「いいんです。だって私が人と話す事すら臆してしまうくらい臆病だからいじめられるんじゃないですか。こうやって話せるの貴方ぐらいしかいないですよ。だからもう大丈夫です。
私一人でなんとかしますから」
そう彼女の言葉が、目の前の喉元から振動しながらくぐもって聞こえた。
やだ、そんなの嫌だ!
僕が西田さんを助けたいんだ!
僕は抱きしめる彼女の両腕をそっと掴み、持ち上げながら頭を起こして彼女の腕の中から抜ける。
「じゃあ頼むよ。僕は君を救いたい、友達として」
僕は目の前の彼女に、真剣な眼差しを送る。
彼女は、はっ、としたように目を見張る。
そして、涙袋に溜まっていた一滴の涙が片目から零れ落ちて頬を伝った。
しかし数秒して、僕はふと忘れていた事に気がついた
僕は弱いんだという事に。
心が沈み、またもや俯いた。
「こんな臆病な私でいいなら、こうするのはどうですか?」
そう言って、彼女は穏やかな表情を浮かべる。
「え?」
僕は顔を上げる。
「友達なんですから、助け合う関係になりませんか?私のせいで貴方もあの方たちに目をつけられてしまったんですから、その責任もあります」
「そんな事っ、、、」
咄嗟に口から言葉が飛び出す。
西田さんは穏やかな笑みを浮かべながら目を瞑り、静かに首を横に振る。
そして、再び口を開いた。
「私は直接何かは出来ませんけど、そばに寄り添う事は出来ます」
そう言って頷き、微笑みながら僕に手を差し伸べた。
はっ、として固まる。
そして考えるよりも先に、手が伸びていた。
僕は彼女の手を握る。
小さくて、冷たかった。
だけど、胸が、身体が暖かくなり、自然と口元が緩んだ。
「はい、ではよろしくお願いします!」
まだ目が涙で輝いたまま、彼女はニコッと大きく笑みを浮かべて、頷いた。
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