師匠の元へ 2.

 そう時間もかからずに森の中の小屋に辿り着くと箒を抱えたまま小屋の扉をノックする。

「もしもーし、浅木ですー」

 応答がないことを確かめてもう一度扉を叩いた。

「もしもーし? 師匠ー?」

 少し声を張って呼ぶとちょっと待ってという声の後、ゆっくりと扉が開けられる。顔を出した老人は私の師匠だ。ゆったりとしたローブに身を包み、真っ白な白髪を丁寧にお団子にしてまとめ上げている。

「おや、浅木のさっちゃんじゃないか、手紙は読んでるよ。それにオキザリス、あなたも一緒なの。二人揃ってきてくれるなんてねぇ」

「お久しぶりです、師匠」

 私に続いておっさんも師匠に挨拶をする。

「立ち話もなんだから入りなさいな」

 師匠は小屋の中に私とおっさんを招き入れる。小屋の中は昔ここで修行をしていたときとまるで変わらない。強いて言えば私が寝床に使っていたベッドが別の魔女のものになっているくらいだろうか。

「さ、座って座って」

 師匠に促されるままテーブルに着くとふわふわとポットとカップが飛んできて師匠と私の前でお茶を入れ始めた。

「こうやってお茶を出すのも久しぶりだわ」

 師匠は朗らかな笑顔を見せてハーブティーが注がれていく様を見やる。カップが意思を持ったかのようにひとりでに動いて私と師匠の前に置かれると師匠は早速一口ハーブティーを飲んだ。私はそれを黙って見てから、改めて挨拶をする。

「改めまして、師匠、お久しぶりです」

「ええ、久しぶりね。さっちゃん」

「そう呼ばれるのも久しぶりです」

「まあそんな固くならないで」

 丁寧なのは昔から変わらないわね、と師匠はくすくすと笑った。

「今も弟子取ってるんですか?」

「ええ、今の子はまだ来て数ヶ月よ、今は薬草を摘みに行ってもらってるわ」

 それから師匠は遠くを見るように目を細めた。その先には何が見えているのだろうか。

「あなたがここを発ってからもう一年になるのね」

「はい」

「時間が経つのは早いものね、ここに来たときはあんなに頼りなかったのに今じゃ自分でお店も持てるようになって」

「あはは、色んな人から助けてもらってばかりですよ」

 謙遜して答えれば師匠はゆっくりとかぶりを振った。

「それがいいのよ。色んな人の縁の元に今のあなたがいるの」

「はい」

「オキザリスも、さっちゃんのこと考えてあんまり遠くまで行きすぎないようにするのよ」

 おっさんはわかってる、とテーブルの上で頷くように頭を動かした。それから少し気になっていた魔女見習いの寝床をハーブティーを飲む中でちらりと垣間見る。

 知らない魔女見習いの寝床は私がいたときとは随分違って可愛らしい寝床になっていた。私の時は必要最低限のものでまかなっていたから今の子の華やかさには到底敵わない。

「気になる? 私の弟子」

「ええ、まあ、少しは」

 師匠にはお見通しだったようだ。図星を突かれてあたふたしていると仕方ないわね、と師匠は笑う。

「ベッドを見ればわかるでしょうけど随分おしゃれな子よ。女の子なんだけどね、あなたとはまるで正反対」

「それって、いい意味ですか、悪い意味ですか?」

「いい意味でも悪い意味でも正反対は正反対よ。ほら、もうすぐ帰ってくるわ」

 師匠は含み笑いをすると空中に指で四角を描いた。するとそこだけ空間が切り取られて映像が映し出される。そこにはちょうど箒から降りた魔女が森の入り口に入ろうとしているところだった。

「この人が……?」

「そう、今の弟子。自己紹介は帰ってきてからね」

 それから幾分もしないうちに明るい声が小屋の入り口から聞こえてくる。師匠は四角く切り取った画面を撫でるようにして消し去ると入ってきなさいと声をかけた。

「ただいま戻りましたー、師匠……って、お客さんですか」

「ええ、あなたの先輩よ、自己紹介して」

 師匠の言うとおりにその子はぺこりと頭を下げた。

「あっはい、初めまして、赤城夏美です、よろしくお願いします」

「えっと、こちらこそよろしくお願いします。浅木智子です」

 たどたどしくだが挨拶を済ませると師匠が夏美さんに薬草を見せるようにいう。夏美さんは持ってきていた袋をテーブルに置くと薬草を次々に取り出していった。

「今日はこれくらい取れましたよ師匠〜」

「これくらいねぇ、もう少し森の奥の方に行けばもっと採れるわよ」

 師匠が品定めをしながらまだ足りないことを示唆すれば夏美さんはぐったりと肩を落としてしまった。

「えー、まだ奥に行かないといけないんですか〜」

「そうよ、奥の方でしか取れない薬草もあるんだから今度はもっと奥の方で採集して来てくれると助かるわ」

 薬草摘みは今の代でもやっているようだ。夏美さんはたくさん薬草を摘んできたつもりかもしれないけど、私がここで集めていた量に比べると少し劣るような気がするのは自分を少し持ち上げすぎだからなのだろうか。

「さっちゃん、これ、どう見える?」

「えっ、あ、はい、ちょっと待ってください……」

 急に話を振られたものだから驚いてしまう。それでも夏美さんの採ってきた薬草を眺めて、その種類を見ていく。ヨモギを初めとした一般的な薬草からトリカブトといった有毒なものまで多種多様だ。しかしあの森で採ってきたならもっとたくさんの種類と数を持ってこれるはずだ。

「森の入り口付近によく生えてる薬草が多いですね。あとは、森の奥に行かないと採れないものはほとんど見当たりませんね」

「ほら、さっちゃんのいうとおりだよ、なっちゃん。森の深いところまで行ってこないと薬を作るのに必要な薬草が採れないよ」

「でも師匠〜」

「大方汚れるのが嫌なんだろうけどそれを嫌がってたらまだ半人前だよ」

 ぴしゃりと言う師匠に夏美さんが尻込みしてしまっている。私にもこんな時があったなと昔のことを思い返しているとまた師匠が話しかけてきた。

「さっちゃんも昔はこうやって薬草採りに行ってたものなんだけどね、あなたよりかはたくさん薬草を摘んできてたわよ」

「そんな、先輩と比べられても……」

 そうか、私は夏美さんにとっては先輩なのか。となるとちょっと後輩に勝てたような気がして嬉しくなる。さすがに口には出せないけれど。

「まあ今日はさっちゃんが来てるしあまりお咎めはしないでおくわ」

 私も少しは評価されているのだと思えば師匠に認められている分少し気が楽になった。

「さあ、お茶の続きをしましょ。なっちゃんは薬草の保存を終えてから来るように。美味しいハーブティー、入れておくから」

「はーい、師匠」

 久しぶりの再会は少し賑やかになりそうだ。薬草を運ぶ夏美さんの後ろ姿を見てそんなことを思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る