夕闇列車 1.

 伝気は電気によく似たエネルギーで、誰もが使えるエネルギーのことだ。魔力と似ているけれど、最大の特徴は気持ちも一緒に伝えられるという点にある。伝気を人が介した際に何を思うかでその後の性質が決まるのだ。

 魔法は生まれたときに魔力が宿るか否かで使えるようになる先天的なものだが、伝気はそうしたものを必要としない。

 限られた人が使える魔法と誰でも使える伝気。どちらが優遇されるかは火を見るよりも明らかだった。この世界では、伝気が電気のように当たり前に使われている。そして伝気は人の思いに感応して性質も変わる。伝える気持ちが伝気の性質を変え様々な利用がされている。それが伝気だ。伝車を動かしたり家庭内のあらゆる伝気製品に使われたりと活躍する場面は往々にしてある。伝気がもたらした恩恵は大きい。


 天気は雨のち晴れだった。朝から降り続いた雨は午後からからりと晴れ上がり、雨雲の通り過ぎた空にはうっすらと虹が架かっていた。

 雨上がりの山肌はしっとりと濡れて冷たい。湿った空気が辺りを包み込む中で野草や山菜を摘んだカゴを持ち直す。郊外に出ればずっと山道が続いている街だから、材料集めに山中に行くことはしょっちゅうだ。後は食費を浮かすためにこの時期は山菜採りも兼ねている。大分日も暮れてきたし、そろそろ切り上げた方がよさそうだ。うっすら色味がかっている日差しを感じながら箒を置いてきた尾根へと向かう。

 長靴でぬかるみかけた地面を踏みしめながら冷えた空気の中を上に向かい歩いていく。笹の葉やシダの葉が擦れてカサカサと音を立てる。足にまとわりついた葉っぱから雨露がしたたって、ジャージの膝下からぐっしょりと湿らせていく。山菜採りで大分汚れたジャージに今更かとは思うけど雨露を避けながら尾根へと上っていく。きっと泥も跳ねているだろうし、帰ったらすぐにお風呂に入りたい気分だ。昔着ていた学生時代のジャージは割と色々な場面で活躍するものだ。その分ちゃんと手入れもしないといけないとは思う。真っ直ぐそそり立つ木々の合間を縫ってようやく尾根のてっぺんにたどり着いた。

 空はそろそろ色づき始め、遠くの水平線に向かって日がゆっくりと沈んでいる。振り返ってみると山脈を越えた先に暗い雨雲が暮れかけの空の色に混じりながら淀んでいるのが見えた。昼過ぎに来たときとは大分違った印象を受ける。山の上から見る日暮れというのもどことなく寂しい気持ちになる。山菜は重いし歩き疲れて体はだるいけどここで休むと風邪を引いてしまいそうだ。

 箒に跨ると大分傾いてきた太陽に向かい尾根からひょいと飛び降りた。重力に浮力を勝らせてふわりと浮き上がる。柄の先に引っかけたカゴの中身を落とさないようにバランスを取りながら山にまとわりつくように伸びる道路を追って飛んでいく。この辺りは郊外というよりはただ山の中に道路があるだけの道のような場所だから、街と街との境界線のような所だ。その境界線を街に向かって辿りながら自分の家がある街寄りの郊外へと帰って行く。数台の車が行き来をするほかには何もない道だ。そんな山肌の下には線路が道路よりかは真っ直ぐに走っている。

 そろそろ明かりも付いてくる頃合いになってきて少し疲れてきた。どこかに休める場所はないものかと辺りを見回す。

 空を飛ぶ事を始め魔法は魔力を使うのが常識だ。魔法を使い魔力が消耗されるのは至極当然のことである。魔力が減っていく感覚は精神的な疲労が溜まることと似ている。空を飛ぶのは車を運転するのと似たようなもので色んなところに神経を集中させるから、長時間飛ぶときは必ず休憩を挟まないといけない。

 私も大分疲れてきたところだ。この辺りで休めそうな場所はないかと眼下を見渡す。

 車道に降りるのは少し億劫だ。もしかしたら車が通るかもしれないし、十分に座って休めるところがいい。だからといって山の中も嫌だ。開けている場所を見つけるのは今からだと暗さに目が慣れていない分見つけにくい。

 そんな風にあれこれ考えていたらふと線路沿いの駅に目が止まった。明かりが付いていてる周辺だけが照らされたぽつんとした場所だった。明かりの寂しげな雰囲気に引き寄せられるように駅へと知らず箒の柄を向けていた。

 駅のホーム前に降り立って周りを見る。駅舎も何もないただの無人駅だ。貨物列車が止まる程度の駅かと思えば時計も立っているし、ベンチもあれば使用済みの切符を入れるポストもある。駅名の看板が立っていて、その横には日焼けしきって読めなくなった時刻表が柵に貼ってあった。何もないようで違和感を感じさせるものはある変な駅だった。時計は六時十五分を差している。結構時間が経ってしまったようだ。休憩は短めにして、早めにここを発とうか。しかしこの小さな駅が気になってしまう。

 こういうところは何か気になって見て回るのが自分の趣味だったこともあって、箒とカゴを置くと小さいホームの中を何か無いかと行ったり来たりしてみた。何となく視界が不自由に感じるような暗さになってきて、顔を近づけて文字を読もうとしたり線路の先を覗いてみたりする。

 そのうち一つ二つしかない伝灯がじりじりと音を立てながら光り始め、本格的に暗さも増してきた。ぽつりと浮かんでいた明かりの輪が点々と増えていき、暗闇に点線の道を作っていく。

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