雨宿り、花吹雪 2.
秋乃さんは黙っていることが苦手なのか時たま急に話しかけてくる。その度にびっくりしながらも生返事を繰り返した。
「あのヒース売ってた店やっぱり高すぎると思うんよ」
そんな中で秋乃さんは散々値切ったといっていたヒースを取り扱っている店の話をし始めた。
「そうなんですか?」
「そうそう。ここらでしか売ってないからって足元見過ぎなんよ」
確かにあの店のヒースは高いけどそれは店主が質を優先しているからこそであって決して足元を見てあの価格を付けているわけではない。それを値切るというのは少し人のことを考えていないような気がする。
「でもあの店は足元見てるわけじゃないと思います」
意を決して秋乃さんに言い返す。秋乃さんはなんだといった様子で目を丸くしている。
「あの、あのお店は量より質を選んでるからちょっと値段が張るだけで、だから」
「でも高いのに変わりはないんやろ」
「で、でも……」
何とか言い返そうと頭を巡らす中で秋乃さんは溜息をついた。
「あんたな、こっちは高いと思ったからそれ相応の値段で取引しよういうてるだけなんよ。足元見てるから値切ってるんとちゃう、純粋に高いと思うたから安くならんか交渉しただけであって、わかります?」
「えっと、その……」
なんとも言い返せないで黙りこくってしまった。秋乃さんの高圧的な態度が気持ちを委縮させてしまう。こちらに非があるように感じるのは気のせいだろうか。秋乃さんの言葉に何も言い返せないでいると秋乃さんが眉を下げてこちらを見やる。
「別にあんたのこと責めてるつもりはないんよ、ただ自分の思うてたことを言っただけ」
「そう、なんですか?」
「そうそう。だからこの話はここまでにしましょ」
「はあ……」
そういって秋乃さんは買い物袋を膝に置くと気持ちを切り替えるようにぽんぽんと手をはたいた。
「智子はんは雨止むまで待つつもりなん?」
「え、はい、そうですけど……」
「雨よけの魔法とか使わんの?」
雨よけの魔法とはその名の通り雨を自分から避けさせていく魔法のことだ。魔力で作った傘を浮かべたり、自分の空間をいじって雨の軌道を変えてしまったりするものまで一口に雨よけといってもやり方は何通りもある。
「あ、もう少し止んでからここを出るつもりで」
「そうなんか、まあこのくらい降ってたら使う気も起こらんよな」
秋乃さんは土砂降りの雨を見て肩を竦めて見せた。確かに雨よけをしたとしても跳ね返った雨の雫までカバーするのはまた別に魔力の傘を作らなければならないので集中力を使う。
私の魔力でもできないことはない。自分の周囲を卵形の魔力の傘で覆ってしまえば跳ね返りにも対処できる。しかし大幅に魔力を使ってしまうし、それだけの集中力を持続させることも難しい。私の住んでいるところはここから隣町までで、それなりに距離がある。そこまで集中力が持つかどうかと聞かれたら首を横に振るしかなかった。結局は雨が弱まるまで待つことしかできないのだ。
「暇やね〜」
「そうですね」
秋乃さんが伸びをしていく中で用事を終えた魔法使い達が次々とアーケードから出ていく。ある人は箒にまたがり、ある人は雨よけの魔法を使って歩き出していったり、霧がかったアーケードの入り口から一人二人と消えていく。入り口の向こうはまだ雨が降りしきっている。このまま止むのを待っていたら夜になってしまいそうだった。
「ほんと、止まないわな」
秋乃さんはベンチから乗り出してアーケードの外を見やる。降りしきる雨は止む兆しもなく静かな雨音を鳴らしていて、沈黙が吸い込まれているようにも感じた。
「止まないですね……」
同じようにベンチから身を乗り出して外を見た。大方出て行っている半数の魔法使い達は濡れるのを覚悟で出て行っているのだろう。でもこちらは濡らして帰ったら使い物にならなくなるものが多い材料を持っていて、とても彼らのように外に出てはいけない。どうしようと困ったところで雨は降り止んでくれるはずもなく。何となく雨脚は弱まったように感じたがやはり外に出て行くのには憚られる。
「あんた、いつまでこうして待つつもりなん?」
「え、あと、もう少し止んだら」
あまり喋らなかったからか秋乃さんの方から話しかけられる。といっても話の九割は彼女から話しかけられてのことだったが。秋乃さんは大きく息を吐いて立ち上がった。
「秋乃さん?」
「うち、そろそろ行くことにしますわ。雨、止まんし、待ってても時間の無駄やからね」
なんだか自分のことを否定されたような気がしてその言葉が不意に自分を刺してくる。それから秋乃さんは私の方を振り返って荷物を指さした。
「雨よけの魔法、自分じゃなくて荷物にかけたらいいんとちゃう?」
そうか、その手があったか。雨よけの魔法は自分以外を対象にすることが無かったから目から鱗だった。単に私が気付いてなかっただけかもしれないけれど。荷物だけに雨よけの魔法をかけるのなら範囲や対象も小さいし家に帰るまでの持続力もある。なんでもっと早く気付かなかったのだろう。
「そういえば、そうですよね」
「あんたもいつまでも待たんで早く動いた方が時間の節約にもなるんとちゃうか」
「は、はい……」
確かに秋乃さんの言うことには頷けるがやはり自分の何かを否定されているような気がして素直に飲み込めない。秋乃さんにしてみればアドバイスなのかもしれないけれど、こちらとしては目の前で非難されているような心地にもなる。これは単に私がそういったことに慣れていないだけだからなのだろうか。しとしとと弱まった雨音が静けさを引き立てていく。
「じゃ、どうも」
そういうと秋乃さんはアーケードの入り口に立つと外に向かってぱちんと指を鳴らした。
すると指の音と共に音を立てて降り注いでいた雨が一斉に色を帯びてふわりと浮き上がる。そこだけ空間を切り取ったような形で秋乃さんの周りをふわふわと雨粒だったものがひらひらと舞い落ちていく。風が吹き、ひらりと雨粒だったものが広げた手のひらに舞い降りる。薄いピンクの花びらがそこにあった。この雨の構造を書き換えて花びらにしてしまったのだ。そのまま秋乃さんは花びらに巻かれて消えていってしまった。
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