雨宿り、花吹雪 1.

 魔女や魔法使いが使っている箒や薬の原材料などの品々は各地にある魔女街から入手することができる。魔女街とはその名の通り魔法使いが集まる街のことである。正確には魔法や錬金術を行う為の品を扱う巨大な市場といった方がいいだろう。そこで魔法使い達は箒であったり触媒であったりを売り買いしている。

 魔女街は普通の人間には入れないよう結界が張られているため、魔女街の中には魔力を持った魔法使いあるいは魔女しかいないし、入れるのもまた彼らだけだ。それ故一般人には扱えない危険物の取り扱いも行われている。魔女街にも特色があり、触媒に特化しているとか、危険物を中心に扱っているとか、箒を専門に扱うとか、魔女街によってその特質は多彩だ。


 魔女街で触媒の材料を買った帰りだった。アーケードの入口まで来ると、土砂降りの雨が降っていた。来るときは大分晴れていたのに、この雨の中を帰るというのは気が引ける。あいにく傘なんて持ってきてもいないし、わざわざ買ったところでこの降りようじゃさしてもささなくても大して変わらないだろう。自分がびしょ濡れになっても大して困らないけど、今回の買い物で仕入れたものには湿気に弱いものもある。荷物を濡らしていくのもできないし、大人しく雨が止むのを待つことにした。

 入り口付近にあるベンチがちょうど一脚空いていて、これ幸いと荷物を置いてその横にどっかりと座り込む。雨は騒がしく地面を叩き、飛び散る滴はアーケードの入り口に止めどなく流れ石畳を濡らしていく。雨粒から滲む匂いが湿気に混じって顔を通り抜けていく。魔女街はアーケードがあるから普段と変わらず魔女や魔法使いが行き来している。反対にアーケードの向こうは霧がかったように曇って遠くが見えない。この場所の立地も関係しているけど、どこか普段の生活空間とは切り離された別の世界にいる、いつもここに来るとそんな気がした。雨が降っている分余計にここが日常から離れているような気がしてもしかしたら帰れなくなるかもしれないなんて思ったりもした。

「よく降ってますね」

 不意に声をかけられてはっとして声の方向を見やる。

「え、あの……?」

「横、いいですか?」

 その人は着物を着ていて、首から六芒星のペンダントをかけていた。長い髪を下の方で緩く結わえていて、私とそう変わらなさそうな年頃の女性だった。ちょっと訛っている声が印象的だった。

「あっ、はい、どうぞ」

 自分の荷物を膝の上に乗せてスペースを空けると女性はそこにゆっくりとした動作で座った。私より幾分か小柄で、肩を並べるとほんの少し彼女の方が低い。

「私久しぶりに来たんですけどこないに降るとは思いませんでしたわ」

「はあ……」

 それからいきなり話しかけられるものだからびっくりして生返事をする。そのまま今日の天気がどうのいい買い物をしただのあの店の商品を値切っただの矢継ぎ早に話していくものだから何が何だかわからない。ちゃんと話を聞いているのかどうかすら確かめずにその女性は不意に話題を振ってきた。

「あんたどちらから来はったん?」

「あ、ここから隣の町ですけど」

「近いんやねー、あ、うちの方は結構遠いとこからなんよ」

 それからその人は買い物袋をぶら下げてみる。おそらくここで買ったものだろう。散々値切ったと言っていたヒースも入っているのだろうか。

「なかなか地元に置いとらんから探すの苦労しはりましたわ」

 そのままにかっと笑ってみせる。その笑顔に何となく引け目を感じていると今度はこちらの荷物を覗き込んできた。

「と、そう言えば、何を買いに?」

「え、ええ、触媒の元をちょっと……」

 そういって膝に乗せた触媒入りの袋を見せる。今日買ってきたものは触媒を作るときに必要な原材料だ。昆虫や動物の血、毛皮、羽根といったものも触媒を作るのに原材料となるものだ。その人は大仰な顔つきで感心したように頷く。

「触媒! あんた触媒作りなんかやりよるのか〜、結構汚れるんでない?」

「え、まあ、慣れてますから」

「でも大変じゃありまへん? 臭いし汚いし大変やね〜」

「はあ……」

 なんだかどこか憐れまれているような気がして少し鼻につくような気分になる。

「でもこういうの作る人がいるからうちらも気にせず魔術に使えるんよ」

 ありがとうね、と言ってみせるその女性は何となく自分の肌には合わないような気がした。

「うちな、秋乃っていうんよ、よろしく」

「あ、私は智子です、こちらこそよろしくお願いします」

 この人は秋乃さんというらしい。つられてこちらも挨拶をする。

「智子はんか、覚えておきますわ」

 どこか馴れ馴れしい様子でいて、やっぱりこの人とはそりが合わない様な気がする。降りしきる雨の音が静けさを打ち消していく中で居ずまいを直す。雨は一向に降り止む気配を見せない。まさか一日中降るという訳でも無いだろう。大人しく秋乃さんと雨が降り止むのを待つことにした。

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