ある魔女の一日 2.

 そんなことを考えているうちに眼下に小綺麗な青い屋根が見えてくる。小杉さんの店だ。小杉さんはいわゆるお得意さんにあたる人で、いつも店の触媒やハーブを注文してくれてそれを材料に色んな魔法薬品を作っている。店の前の開けた場所の上まで来ると下に誰もいないことを確認してゆっくりと降りていく。地面に足を付いて箒に循環させていた魔力を停滞させていく。浮力がなくなって箒がずっしりと重くなる。魔力が抜けたことを確かめると箒から降りて大袋を肩に掛け、小杉さんの店のドアへ向かっていく。

 小杉さんの店は私の店よりずっと綺麗で居心地のいい店だ。だから自分みたいな鈍くさい人間が来てもいいのかとちょっと気が引けてしまうことがあるけど、小杉さんはそんなこと全然気にしないで接してくれる。それはそれで嬉しいんだけど、それがまた引け目を感じることでもある。

 ドアを開ければ軽やかに来客用の鈴が音を立てて、次いで気だての良さそうな声が聞こえてきた。

「いらっしゃいませー」

 濃いグレーのワンピースに白いエプロンをかけ、髪を纏めた女の人がドアに向かってちょっと伸びをして声を掛けてきた。小杉さんだ。

「あ、どうも、浅木です。頼まれてた触媒持ってきました」

「あら、浅木さん? いつも助かります、どうぞ上がっていって下さい」

 小杉さんは私のことを見るとぱっと顔を明るくして店の中へと招き入れてくれる。箒を担いで大袋を肩に掛けたまま、掃除の行き届いた小綺麗な店内に足を踏み入れる。きちんと整理された陳列棚には色とりどりの魔法薬品が並べられている。まるで香水を売っているようなお洒落な店内だ。いつ来てもセンスがよくて綺麗な店だと思う。小杉さんの店は対面式のカウンターがあって、そこでお客さんの話を聞いてその人にあった薬品を処方している。私は店に入ると促されるままいつものようにその対面式のカウンターの椅子に座って大袋をカウンターの上に置いた。綺麗な店内に使い古した大袋がやけにミスマッチして見えた。

「えーと、蛙のはらわたと蜘蛛、羽虫の触媒、あとはヒソップとローマンカモミールですね」

 一つ一つ大袋から出して確認するように小杉さんに見せていく。全部出してから大袋をしまい、ポケットに入れていた伝票を取り出して小杉さんに差し出す。小杉さんは触媒の瓶とハーブを確認するとちょっと待ってほしいと言ってから店の奥に引っ込む。カウンターの向こうには薬品製造のためのフラスコやビーカーが置いてあって、中の液体がことことと音を立てている。何か調合している最中だったんだろう。調合中の薬品を眺めながら待っていると、ちょっとしてから小杉さんはお金とメモを持ってきた。それから伝票に書かれた金額を見ながらお金を渡してくる。渡されたお金を財布に入れるとお釣りを渡して、伝票にサインをしてもらう。サインが終わった後に小杉さんはお金と一緒に持ってきたメモを差し出してきた。

「またお願いしたいんですけど、いいですか?」

「大丈夫ですよ、今度も触媒ですか?」

 いつものように聞き返すと小杉さんはちょっとはにかんだ様子で答える。

「はい、浅木さんの作る触媒って私の魔力と相性いいみたいで、詳しい内容はメモに書いてありますからお願いしますね」

「わかりました。……今回よりちょっと高めになりますけどいいですか?」

 渡されたメモを読みながらざっと値段の目安をつける。触媒の数はさほど多くないけどちょっと作成に手間のかかるものだ。材料の調達の他に作る手間賃も考えると自然と値段も高くなる。

「ええ、また手間かかってしまうものですみません」

「いいですよ、作るのが私の仕事ですから」

 小杉さんの言葉にかぶりを振るとメモをしまう。簡単に挨拶をしてから箒を手に取ると小杉さんの店を後にした。

 帰り際飛びながら考える。いつ見ても小杉さんは人が良さそうで羨ましい。店も綺麗で小杉さん自身も身綺麗だし。いつも地味で暗い自分なんかと比べると眩しくて、なんだか居たたまれなくなってしまう。小杉さんは悪くないのに自分がなんだか情けなく思えて苦い思いで溜息をついた。

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