冴えない魔女の話 2.
「魔力が強い上に商売上手な人は綺麗なお店で占いとか高級薬品とか取り扱ってるけど、大多数はドングリの背比べだからね。そこら辺と変わらない雑貨屋か魔女薬品に星座占いとかやってるのよく見るでしょ。私がやってるのも同じ。やってることは確かにユーリィと同じような願望成就系のお守り作りだけど、願いを叶える力も弱いし第一それは副業で、本当は薬品やハーブとか、錬金術の触媒の取り扱いがメインなの。臭いし気持ち悪い物も平気で扱わなきゃいけないし、第一汚れ仕事だからハーブなら花屋で済ませる人もいるし、必然的にやる人も少ないんだよね。だから華々しいとかそういう理由だけで魔女になる子ってわりとすぐに挫折して普通の職業に就き直したりするんだよね〜」
話せば帰ると思ったのだろうかそれとも自分のことを聞かれて嬉しかったのか調子よく話す魔女。しかし由美の反応は嫌がったり幻滅するといったそれとは違い、そんな奴らと自分は違うといわんばかりにやる気を漲らせた目をしている。その目を見た魔女はほんの少し眩しそうに目を眇めるとカウンターに目を落として一つ溜息をついた。
「みんなそうなのにね」
「私、どうしても魔女になりたいんです! ちゃんと資格についても魔女の仕事内容についても調べてるんです!」
「堅実なんだねえ」
由美の様子にありきたりに感心を示すとぼそっと魔法か、と呟いた。
「……今日は特別に目の前で実演して見せようか。ここに人が来るなんて何ヶ月以来ってレベルだったし」
魔女はそういうとカウンターから出てきてアクセサリーの横の棚から数種類のハーブを取り、隣の棚から正体のよくわからない深緑色の液体が入った瓶を持ってきた。そしてカウンターに戻ると直径3センチくらいの太い試験管をスタンドに立てたまま持ってきた。
「今から何を作るんですか?」
「いわゆる魔女にしか作れない薬。基本的に既製品で売ってるからわかんないだろうけど魔力で調合してるのよ」
僕の問いに答えながら手際よく魔女は準備を進めていく。カウンターに常備でもしているのだろうかすり鉢がいつの間にか材料の傍に置いてあって、魔女はごりごりとハーブをすり潰し、その粉末を試験管の中に入れると先ほどの正体不明の液体を注ぐ。
「これ……、なにかの汁ですか?」
どろどろで不気味な色合いの液体が注がれる様を怖そうに見ながら優花が問うと、魔女は聞きたいのかとばかりにキシキシと笑って、ぼそっと呟いた。
「すり潰したトンボの内臓とヨモギ汁」
聞こえてしまったのだろうみんな一様に、僕も含めてだが一斉に気持ちの悪さを露わにした。そんなことにも動じず息が漏れるような笑いで僕らの反応を見ながら作業をする辺り、やはりこの人は魔女なのだと感じざるを得ない。
「ここからが一番の見せ場。ほら、よく見ててね」
魔女は僕らの気を引くように明るめのトーンで呼びかけた。地味でぼそぼそとした声だから無理をしているようにしか聞こえない。それでも僕たちの視線が集まったところで魔女は試験管を持ち、空いたもう片方の手を試験管にかざす。
魔女のかざした手がゆっくりと試験管をなで回すように動く。魔女の視線は試験管に集中していて、僕らの視線も試験管の液体へと集中する。動かし始めて数秒は何事もなかったがやがて液体に変化が現れた。
深緑色でどろどろしていたそれは沸騰するかのようにこぽこぽと音を立ててガスのような物が吹き出し、色が変わっていく。どす黒い感じの色は抜けて、明るく鮮やかなミントグリーン、それから透明度が増し青みがかっていく。最後に魔女はガスを追いやるように試験管にかざした手をすうっと上に引き上げるとぽん、とシャンパンの栓を抜いたような
音と共に試験管の液体は綺麗なアイスブルーへと変化した。勿論ハーブの粉末や濁りなど一切ない。文字通りの魔法のよう、いや魔法で作られた薬品だ。透き通るような青さにみんなが声を上げる。
「……すっごーい!」
一番に声を上げたのが由美。目の前の魔法に目を見張っている優花と一緒に液体を鼻がくっつくほどに覗き込んでいる。
「ところで、これ何に効くんですか?」
「気持ちを和らげてリラックスさせてくれる薬。インスピレーションを高める力もあるわよ。まあこんなの魔女薬品でなくても代わりに安価な化学薬品があるわけなんだけどね」
「でもでも絶対こっちの方がいいに決まってますよ!ハンドメイドで手作り感あって、第一魔法だし!!」
由美がカウンターに乗り上げる勢いで魔女に詰め寄るものだからその人はちょっと驚いて試験管を取り落としそうになるほど身を引いた。
「そんなに喜んでくれる子、初めて見たわ。大抵みんなできることだからそんな風にされるとちょっと照れるなあ。……うん、これ、あなたにあげるわ」
魔女は予想外の由美の反応にはにかみながら試験管の薬を商品用の小瓶に移し替え、由美に差し出した。由美の興奮ぶりは凄まじい。
「いいんですか?!お金とか!?」
「いいの、喜んでくれたしそれでいいのよ、私は。ほら、プレゼントだと思って、ね」
財布を出そうと鞄の中を探り始めた由美に魔女はゆっくりかぶりを振るとアイスブルーの薬を由美に手渡す。
魔女に懇意にしてもらったからなのか、やはり実際に魔法を見たということが大きいのだろうか。目を輝かせて喜ぶ姿は今まで見たことがないほどだ。小さかったあの頃、箒に乗せてもらい空を飛んでもらったあのときと同じくらいに。
「また来てもいいですか!?」
「好きにしなよ。店が開いてたらいつ来てもいいけど」
魔女は最初とは打って変わって店の入り口まで出てくると僕たちが帰るのを見送ってくれた。帰り際の由美との会話にも、やはりぼそぼそとした感じは残っているものの明るいトーンの声だった。
「本当ですか!? ありがとうございます!?」
そうして僕たちは魔女の店を後にした。由美以外の僕たちはこれでもう訪れることはないだろう、そんなことを考えながら。
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