冴えない魔女の話
小野崎ともえ
冴えない魔女の話 1.
良い店は穴場にある、とよくいう。人目に付かない場所、知る人ぞ知るといった所に名店というものはある。ただその店は隠れた名店というより隠れたい店という印象が強かった。
「ほら、ここ、ここ」
由美の楽しげな声が上がった。住宅街の一角、アパートやら一戸建てやらの連立したどこにでもある風景、由美が指したのは建ててから間もないだろう小綺麗なアパートと一軒家の間に挟まるような場所、そこに窮屈そうに『魔女の店』が建っていた。その佇まいたるやまるでアパートと一軒家の間が異質な空間で埋められているかのようだった。よくいえば神秘的でミステリアスな、しかしいってしまえば淀んだ空気が溜まっていそうな店だった。
「よく見つけたよね、普通こんなとこ全然気付かないよ」
「あたしだって伊達に魔女資格取ろうと思ってるわけじゃないんだから、色んなお店見て魔女が何たるものか経験積まなきゃね」
へえ、と声を上げた優花に鼻高々に胸を張る由美。魔女への憧れ、今話題の魔女の話、途切れることなく語り続ける由美の目はきらきらと輝いている。小さい頃箒で一緒に空を飛んでくれた魔女のお姉さんに憧れて以来魔女を目指していると言うが、実際魔女になれるほどの魔力がまだ彼女から現れていないのは事実だ。しかし、幸い少しばかりは魔力は現れているようで、本人ももっと魔力が出るように努力している。そういうところが健気な彼女ではある。
一方話を聞いている優花は高校からの仲で、由美から話しかけて友達になったらしい。由美に比べたらずっとおとなしく、しかしはっきり自分の意思を持っている様な子だ。今では由美繋がりで僕たちの幼なじみグループにすっかり馴染んでいる。
しかし優花は店の外観を眺めながら複雑な表情で由美の話を聞いていた。やはりこの店の醸し出す異様な雰囲気が気になるのだろうか。
「で、入るんだろ? 本当にやってるのか、この店?」
「あっ! えっと、今は……4時前か、じゃあまだやってるし大丈夫じゃん」
いい加減話をやめない由美に気付かせるように言ってみせればはっとした様子で魔女の店へ顔を向ける。それから時計を見るとうきうきしながら店の方へとずんずん進んでいく。その由美を追うように、僕たちも店へと向かった。ただ、優花だけはどこか怪訝そうな表情を浮かべていたが。
ドアは軋んだ音を立てて開いた。店内は薄暗いとまではいかなくても暖色系の照明で照らされており、お世辞にも明るいとは言えない状態だった。一応窓際に商品らしき小間物類がディスプレイされているようだが、どれもこれも埃を被ってしまい汚いと言わざるを得ない。店なんだから掃除の一つくらいまともにしたらどうなんだ。そう思いつつ店内を見回しているとどうやら占いに使う水晶玉やタロットカードは見あたらず、よくある願いを叶える系統の雑貨屋のように見える。優花や悠人もこの埃っぽい店内を物珍しげに眺めていて、由美なんてもうすぐにでもはしゃぎたいのを抑えながらきょろきょろと店内を見渡している。
「あのー?」
誰も出てくる様子がないことに我慢しきれなくなったのか由美がカウンターらしき所に向かって呼びかけると、のっそりと、本当にのっそりと人が出てきた。
「あー、お客さんですか?いらっしゃいましー」
その人は一言で言えばもっさりとした外見で、そんなに太っているわけではないのにローブにストールを巻き付け、それほど寒くなってきたわけでもないのにとても厚着をしていたものだからそう見えた。穏やかそうだがどこか地味で暗い顔つきはいかにも魔女、といった様子だ。
「あ、ここって魔女のお店でいいんですよね!?」
「もちろんそうだけどごめんね、もう店じまいするところだったんだけど」
カウンターから乗り出す勢いの由美にどこか投げやりな態度でその魔女は言った。そして軽く身震いしてストールを巻き付け直すと魔女はカウンターの下にあるだろう椅子を引っ張り出すと腰掛けた。
「一応何をしに来たかは聞くけど大したことはできないよ?」
「あのっ、あのっ、えっと……!」
聞きたいことやしてみたいことがたくさんあるときはどうしても言葉が詰まってしまったり何も言えなくなってしまったりするときがある。今の由美もきっとそんな状態なんだろう、必死に何かを言おうとして手をばたつかせている。
「このお店って願望成就系のお店なんですか?」
「一応それも取り扱ってるわね。……私が何してるか聞きに来たかったの?」
そんな由美の横で優花が至って普通に尋ねる。魔女は店の棚にディスプレイされたアクセサリーを僕たち越しに見てから頷いた。由美はあんぐりと口を開けたまま固まっている。と思っていたらすぐさまその話題に便乗するかのように口を開いた。
「あの、あなたはどんな系統の魔法を使ってるんですか?!」
「どんな系統?魔女教習やってたら大抵のことはできるようになるけどねえ」
その人にとっては難しい質問だったのだろうか首を傾げながら答える魔女に、由美は更に身を乗り出して聞いてきた。
「例えば石ヶ崎ルミエみたいな超運命透視とか、ユーリィ・クラウみたいな願望成就アクセサリーとかもできるんですか!?」
由美の勢いに押されたのか魔女の人は身を引いて目を丸くしていたが、言っていることがわかるとよくあることのように苦い顔で笑った。
「そんなの一部の魔力が強い人だけだって」
「でも魔女業やってるってだけでもすごいと思います!」
先ほどから投げやりな態度でいたその魔女は熱心な様子で聞いてくる由美に愛想笑いにも似た笑みを浮かべて眉根を下げた。正直、迷惑そうな顔といった方が近いかもしれない。
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