第28話 パシェドゥの妖しい演技指導

 パシェドゥの酔い止めはことのほかよく効いた。服用して半時ほど経つと王子達の吐き気は消え去り、散らかった船室の片付けと荷物整理を手伝えるまでになった。タ・ウィが気遣って歌などを披露してくれた事もあり、体と共に気持ちも回復したようである。


 心身ともに元気を取りもどし、王子達の顔に笑顔が見え始めた頃。座長のパシェドゥが王子達を下の船室に集合させた。

 そこは王子達の寝室として割り与えられた部屋だった。


「さあて、それじゃあ貴方達。船が港に着くまで、このパシェドゥ座長がみっっっっちり仕込んであげるからね」


 王子たちを生まれ順に整列させたパシェドゥは、どこから持ち出して来たのか、鞭を胸の前でビシリと張った。

 鞭の先を片手に巻きつけ、低く含み笑いながらじりじりと王子たちに歩みを進める。当然ながら、王子たちはパシェドゥが歩みを進めた分だけ後ずさった。


 指導を見守りに来た他の仲間たちは、開始早々悪乗りしている座長に冷ややかな視線を浴びせた。


 やがて、後退を続けていた王子たちの背中が壁にあたる。


「寄るなこの男女!」


 逃げ場を無くした王子たちの最年長であるネベンカルが、代表する形でパシェドゥに威嚇した。

 早速噛みつこうとしてきた暴れん坊に、パシェドゥは「あらあら~」と嘲笑った。続けて瞬時に笑顔を消すと、高速でネベンカルとの間合いを詰め、両腕の間にネベンカルを挟んで壁に両手を突いた。俗に言う、壁ドンである。


「あたしは男よ。どこに目えつけてんの坊や!」


 凄みのある声と笑顔で、目の前の少年の反抗心を押さえにかかる。

 自称変態のパシェドゥは宣言通り、生意気な第六王子を全力で尻に敷くつもりのようだった。


「座長、楽しんでますねえ」

「ていうかあんたら、よくこんな外道の下で働けてるわね」

「だって抜けるって言うといつも泣いて止めに来るんですもの。仕方なくよ」

「ヘレナは優しすぎんだよ」


 テティーシェリ、ライラ、ヘレナ、ダリアの少しずつタイプの違う華やかな四人は、早くも打ち解けつつあった。仲良く四人並んで、座長でもあり密偵の頭領でもある男を遠慮なくコケ下ろす。


「座長一人で問題なさそうだな。行くか」

「ティムールとキイはまだ甲板におるんか?」


 放っておいても大丈夫だと判断したイネブとギルが、部屋を出て行った。


「俺らも行くか、ワセト」


 アーデスがカエムワセトに声をかけ、二人に続いた。ジェトとカカルもアーデスの広い背中についてゆく形で船室を出て行く。

 カエムワセトは必死に目で助けを求めて来るネベンカル以外の四人の弟達に、少なからずの罪悪感を覚えながらも、この場は辣腕座長に任せる事にした。


「それじゃあパシェドゥ。弟達をよろしく頼む」


 声をかけ去りかけたところを、パシェドゥが「お待ち!」と鋭く呼びとめた。


「あんたもよ、カエムワセト王子」


 パシェドゥはきょとんとする第四王子に向かって鞭を持った右人差し指で『来い来い』と手振りし、左人差し指で王子たちの列に並ぶよう指示した。


「え?いや私は――」


 自分は奴隷役ではない事を伝えかけたカエムワセトに、パシェドゥは「知ってるわよ。小姓役でしょ?」と被せて言いながら近寄った。

 そして、口元に手を添えて「ん~」とカエムワセトの頭からつま先までじっくり観察する。


「やっぱり全然だめよ~。そのままじゃ上品すぎて即バレだわ」


 『お話にならない』とばかりに手を振りながら駄目出しすると、パシェドゥは実に忍らしい素早い動きでカエムワセトの腕を掴んで自分に引き寄せた。


「気品をもう少し抑えて、その分色気を出さなきゃねえ」


 息がかかるほど近づいて妖しく微笑みながら、鞭の持ち手の先をカエムワセトの顎の下に当てて、くいと引き上げる。


「あんたなにしてんの!」


 いきり立ったライラがセクハラを止めようとしたが、他の三名がすかさず抑えにかかった。

 パシェドゥは団員達に両腕を抑えられているライラに「ふふん」と勝ち誇ったような笑みを向けると、


そういうわけで、あんたもこっちー!


 明るい声で赤毛の親衛隊長が敬愛する第四王子を、第六王子以降が並ぶ奴隷役の列にドンと押しやった。

 優男に見えて意外な程の剛腕を発揮するパシェドゥに驚きながら、カエムワセトは弟達の列に突っ込む。


「兄上、大丈夫なんですか?」


 兄の体を受けとめた弟達が、不安だらけの視線を向けて来た。『僕たちこれからどうなるの?』と問いかけて来る8つの瞳に、「うん、心配ないから」とカエムワセトは苦笑いで返す。


「あーっ!楽しいったらありゃしないわ!」

 

 パシェドゥは壁際で身を固くする王子たちを前に、高笑いした。


「こんな上玉ちゃんたちを躾ける機会なんて一生に一度あるかないか!しかもエジプト王家に恩を売れる上に報奨金はたっぷり!」


 狭い船室で大きな独り言に合わせて器用に鞭をふるいながら、最近金欠ぎみだった一座の座長は喜びに打ち震える。


「もう最っ高!腕が鳴るわぁ~!嬉しすぎてあたし鼻血出ちゃう!」


 狂喜乱舞で吠えたそのただならぬ様子に身を震わせたライラが、再び「でんかっ――」と踏み出そうとした。が、テティーシェリに腹を抱えられ、またしても押さえ付けられてしまう。


「大丈夫だから行きましょう、ライラ」


 流石体が男の子なだけあり、力の強いテティーシェリは涼しい顔でライラを引きずって行く。


「駄目よ放して!殿下がキズものにされちゃう!」


 目に涙を浮かべながらバタバタと暴れるライラの両脚を他の二人が左右から抱えて、退出に手をかした。


「平気よ。どうしたって子供はできないから」


「ヘレナそれフォローになってないよ」


 殆ど荷物同然で運ばれながら、ライラが部屋を出てゆく。


 最後の抑止力を失ったと悟ったネベンカルは、隣に立つ兄をキッと睨みつけた。


「この馬鹿兄!キズものにされたらメッタ刺しにして来世でもブっ殺してやるからな!」

「えっ!?」


 実弟から死後の世界の殺人予告まで受けてしまったカエムワセトは、思わず顔を引きつらせて不仲の弟を見おろした。

 だがこの時から、少しずつではあるが確実に、カエムワセトとネベンカルの距離は縮まり始めたのである。

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