第27話 酔い止め下さい
「はあ~」
弟達全員が甲板に出て行った途端、気の抜けた大息とともに、カエムワセトが床に仰向けに寝転んだ。
「やれば出来んじゃねえか。大将」
一指揮官からいつもの穏やかな青年に戻った主に向かって、アーデスはにやりと笑みを作った。
「本当に。ご立派でしたよ」
テティーシェリの称賛と共に、タ・ウィの面々も、首尾よく指揮官の役割をこなしたカエムワセトに拍手を贈る。
「すみませんでした。馬鹿どもが」
ライラは茶々を入れようとした部下二人の無礼を詫びた。
「ホント緊張したよ」
ガラにもない厳しい対応を迫られて疲弊したカエムワセトは、上体を起こしながら仲間達に力なく笑う。そこに、パシェドゥがすっと手を差し伸べた。
「ありがとう。色々助けられちゃったわね」
失敗の尻拭い以外にも自分達忍の面目を保ってくれた事に対し、落ち着いた声で礼を言う。
カエムワセトは微笑むと、パシェドゥの手を取って立ち上がった。今後の為にも、からかい好きな座長に一等手のかかる弟の取り扱いについて注意を促す。
「ネベンカルで遊ぶ時は深追いは禁物です。彼は非常に気難しいので」
弟の成長の為にも、カエムワセトは人生経験が豊富そうなパシェドゥにあえて過剰な接触禁止令を出さなかった。その意をくみとったパシェドゥは、「そうするわ」と答えると、両目を三日月形に変えて含み笑った。
あ、こいつ何か企んでるな。
数日の付き合いの中で、こういう顔をする時は大体悪巧みをしている事を学習したカエムワセト達は、嫌な予感を覚える。
そしてやはり、パシェドゥは次の台詞で、生意気な王子に対してこれから行うであろう “躾 ” という名目の仕返しを宣言する。
「でも、大丈夫よ。ああいうタイプはね、一度尻に敷いちゃえば簡単なの」
流石、自称変態だけのことはある。
息を荒げながら不気味に笑ったパシェドゥの脳内に、その躾のシーンが浮かんでいるのは明白だった。
ライラが鳥肌を立たせながら後ずさる。
その時、甲板への出入り口の方で、ガタンという物音がした。そこにいる全員が振り返る。
出入り口では、先程甲板で相棒の猿と仲良くリバースしていた猿使いのティムールが、うつ伏せに倒れていた。船の揺れに合わせて開閉を繰り返す扉に何度もその身を挟まれながら、彼はパシェドゥに震える手を伸ばす。
「座長。酔い止め。酔い止め下さい……」
今にも死にそうな声で、座長特製の酔い止めを要求した。
彼の背中の上には、相棒のキイが死体のように四肢を伸ばしてぐったりしている。
「お前にはやれん。薬は外に居る王子たちに飲ませんと」
「あんたは我慢しな」
アーデスに負けないくらい屈強な体格をした禿頭の男イネブと、フルート奏者で黒髪アジア系のダリアが、団員一乗り物に弱い仲間に冷たく言い放った。
ティムールは揺れの少ないナイル川の船旅でさえ酔うのである。
「そんなぁ……」ティムールが泣きながら仰向けになった。背中にへばりついていた相棒を下敷きにしてしまったが、気付いていない。
「気にしないで下さいね。彼はいつもこうなんです」
肩をすくめたヘレナが、心配そうに見つめるカエムワセトを気遣い笑いかけた。そして彼女はパシェドゥに「座長」と声をかけ、掌を出した。パシェドゥに懐から茶色い小袋に入った酔い止めを出させた彼女は、カエムワセトに歩み寄りながら中身を確認する。
「ちょうど五人分ありますわ」と、袋ごと手渡した。
「早く飲ませてさしあげて」
ヘレナは人当たりのいい笑顔で、甲板を指し示す。
カエムワセトは「すまない。ではありがたく」とタ・ウィの面々に会釈すると、ティームールを避けながら甲板へ出て行った。
カイザリア到着後、高級奴隷に扮する五人の王子たちには、これから敏腕座長パシェドゥの演技指導が待っていたのである。
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