第18話 真夜中の新人紹介
カエムワセトが座長と連れ立ってラメセスの元へ行った。
残業を終えた腹心達も、いつまでも武器庫前でたむろしているわけにもいかないので、とりあえず城に設けられているライラの部屋に移動した。
照明はオイルランプに灯をともす程度なので、部屋全体は薄暗いが、自己紹介をする程度であれば問題ない。
一人で使う分には十分に広いライラの部屋ではあるが、五人を収容するとなれば流石に少し窮屈だった。それぞれが椅子やベッドに腰かけたり、敷物の上に座ったりしながらお互い体をぶつけないようまんべんなく距離を取る。
カカルは今日の疲れが堪えているのか、座ると同時に、早くも舟を漕ぎ始める。
ランプを中央に身を寄せ合って会話する彼らの様子は、怪談でもしているかのようであった。
「「「「呪術師?」」」」
テティーシェリから自己紹介を受けた面々は、その特性の意外さに目を丸くする。
古代エジプトでは、呪術は人間が神から賜った『贈り物』と考えられており、神官や医師は当然の如く日常的に祭事や治療に呪文を用いていた。また、呪術は不慮の災難から身を守り、妊婦や幼児、病人、老人といった弱者 を守り救う手段でもあった。
だがその力を使うのは主に、神官や医師といった限られた職種の人間が殆どである。万人が当たり前に便利道具のように使えるものではなく、ある程度の才能も必要だったのだ。
「はい」
テティーシェリは頷くと、自分が使う呪術の使用方法や種類を簡単に説明する。
「踊りや歌で厄払いや祈願ができます。あと、傷や病気の回復を早めたりも」
「へえ。呪文は使わねえんだ。魔術も色々なんだな」
魔術の多様性を知ったジェトは感心した。
民衆から『魔術師』の称号を頂戴しているカエムワセトも、本物の魔術師のリラも、先の魔物戦で知り合った神官達も、呪文が刻まれた道具もしくは呪文を詠唱して魔術を使っていた。踊りや歌にも魔術を発動させる力があるというのは、ジェトにと初耳であったのだ。
「呪文はいわば、発揮した魔力を自分が望む形へと変化させるための道標です。だから魔力を上手く誘導できるなら、方法は何でもいいんです。私は呪文の学はありません。その代わり、感覚的に体を使って即席の呪文を作るんだと考えています」
「へえ。そりゃすげえや。よく神殿からお呼びがかからなかったもんだ」
カエムワセトに長年仕えて多くの神官を見て来たアーデスは、テティーシェリの特性が希に見る才能だということを見抜いた。
神官と言えど呪文を唱えているだけで効果を発揮できない者もいる中、即席で呪文を作ってしまえるなど、それはまさに神業である。
神殿にとっては喉から手が出るほどに欲しい逸材のはずだ。
「お誘いは受けたのですが。殿下にお仕えするまでは大衆の為に在りたかったので、お断りし申し上げたのです」
褒め言葉を貰ったテティーシェリは頬に手を添え恥ずかしそうにしながら、自分の志を説明した。
「そらまたご立派な事で」
言いながら、ジェトが自分の肩にしなだれかかってきたカカルの頭を後ろに押す。ぐらりと上体を後方に倒したカカルは、後頭部を衣装箱にゴン! としたたかにぶつけた。
あまりにもいい音がしたため、その場にいた面々は頭を打ったカカルの様子をしばらく見守っていたが、カカルは「いて」と少し眉間に皺を寄せただけで、またすぐに、穏やかな寝息をたてはじめる。
「たくましい奴だな」
アーデスが笑った。
部下の無事が確認できたところで、ライラが話を戻す。
「別れ際に入った一座はどうしたの? タ・ウィじゃなかったでしょ?」
「あそこは扱いがあまりよくなくて。たまたまパシェドゥ座長が引き抜いてやると言って下さったので、ついていったのですよ」
十年前、テティーシェリを引き取った座長のだらしない風体とキツイ目つきを思い出したライラは顔をしかめる。
「確かにあのオッサン性格悪そうだったわね」
「殿下にお会いした時、私は口減らしの為に神殿に入るか、一座に売られるか悩んでいたんです。でも殿下が、取るに足らないと思っていた私の踊りに価値を見出して下さって。お陰で私、呪術師の才能まで開けて。自分の踊りで沢山の方に喜んでもらいながら世の中を見て回れる事ができました。辛い事も勿論あったけど、踊り子の道を選んで本当に良かったと思っています」
両手を胸の前で柔らかく握り、テティーシェリは幸せそうな微笑みと共にカエムワセトへの感謝を口にした。そして表情を引き締めたテティーシェリは、腰かけていた寝台からおもむろに立ち上がり、従者の諸先輩方に深々とお辞儀する。
「私、一生懸命お仕事します! きっと絶対、お役に立ってみせますので、どうかお仲間に加えてください! お願いします!」
「かわいい。ライラと全然違う」
「久しぶりにまともな女を見た気がするぜ」
アーデスがわざとらしくむせび泣き、ジェトが三白眼の中にある瞳を輝かせた。
「泣くなみっともない!」
自分をまともな女の範疇に入れてもらえなかったライラは、失礼極まりない同僚と部下を叱りつけた。
自己紹介もあらかた終わったので、新人の世話役を引き受けたライラは、今は呪術を要する仕事は無いので、ひとまずは明日から雑用係に徹するようテティーシェリに指示を出した。また、忍のたしなみとして短剣を使えるとの事だったので、後日アーデスとともに腕前を確認する旨も伝える。
「部屋は……殿下に聞いてみないと分らないわね」
考えながらライラは呟いた。
ライラやアーデスのように城の一部屋を支給されるか、ジェトやカカルのように宿舎として家を貸し与えられるかは主の采配次第である。
だが、とりあえず今夜の寝床は確保しなければならない。
団員の元に戻って休む、という選択肢もあるが……。
「部屋の準備は明日中になんとかするから、今日は私と一緒に寝てくれる?」
せっかく仲間になったのだし、とライラは自分の寝床を分けあう方法を打診した。
けして広いベッドではないが、つめれば二人、眠れないこともない。
途端、テティーシェリが「え!?」と笑顔を引きつらせる。
「駄目なの?」
テティーシェリの反応には、ライラだけでなくジェトやアーデスも不思議そうに首を傾げた。
テティーシェリは首を横に振りながら、真っ直ぐな指を持つ美しい両手をパタパタと左右に動かすと、「いいええ! 私は全然まったく駄目ではないのですが!」と慌てて弁明を始める。
せわしなく動かしていた両手を引っ込め口元に添えた可憐な踊り子は、「その……いいのでしょうか」と恥ずかしそうに頬を染め、こう続けた。
「わたし、これでも男の子なので」
束の間の静寂の後
はああぁ~っ!?
という三人分の驚嘆が廊下にまで響き渡る。
「おとっ、おとこぉ!?」
アーデスがひっくり返った声を詰まらせながら復唱した。
テティーシェリは肯定として、顔を真っ赤にしながらこくこくと何度も頷く。
「あーもー今日はこんなんばっか!」
男らしい男色家ラメセス。一見中身は女に見えるが実は男ど真ん中のパシェドゥ。どこからどう見ても女の子にしか見えない男のテティーシェリ。
情報を整理しきれないジェトは、混乱する頭を掻きむしった。
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