第24話

 四階建ての木造建築。厳密にいうと三階に付随して屋根裏部屋。各階の間には梁があり、壁には装飾が施されている。派手な建物ではなくかなり年季が入ってるようだが、しっかりと手入れされていて古さを感じさせなかった。

 片手には、身一つのクラトスを見かねたアイネイが店で買ってくれたトランクケース。もう片方には剣を。

 さっきから視線を感じるのでそちらの方に目を向けるとファムヴールが怪訝な表情で見つめていた。


「どうした?」


「い、いえ。入らないのかと思いまして」


「あぁ、そうだな。入るか」


 あの時教室に行かなければ——後悔も相まって木の扉が予想していたよりも遥かに重く感じた。カランとベルの音が鳴る。

 中に入ると手前に丸テーブルと丸椅子。それがいくつかあって、奥にカウンター、さらにその奥には部屋の鍵を収納している棚が鎮座している。

 棚横の扉から老父が顔を覗かせた。


「いらっしゃい。宿泊のお客さんかな?」


「いや、メテオラ修道院から来た者だ」


「あぁ! あんたたちが第二夫人の」


「第二夫人?」


「あ、いや、なんでもない。アテナさんが言っていた三人じゃな? 待ってたよ。ワシは宿主のイサム」


「教師を務めているクラトスだ。こっちはイグニールとファムヴール」


 二人は軽く会釈する。イグニールは依然としてムッとしたままだ。


「よろしく。部屋は用意してある。今日はゆっくり休むといい」


「そうさせてもらおう。ところで——」


 クラトスはきょろきょろと辺りを見渡した。


「客はいないのか?」


「今日は閉めてるんだ。来て早々バタバタさせるのもな」


「悪いな」


「気にするでない。明日らよろしく頼んだぞ」







 トランクケースと剣を机の上に置きベッドに腰かける。案内された部屋は客室らしく、イサム曰く、手伝いとはいえ客人は客人だ——と用意してくれた。夕食も豪勢とまではいかないが、もてなしてくれてるんだと分かった。

 風呂入ってそのまま寝ようか、身体を動かしに少し鍛錬に行こうか。

 少し体を動かして風呂入って寝よう——剣を手に取って扉を開けた。

 廊下を突き進んで階段を降りる。カウンターにはイサムが椅子に腰かけていた。


「おや、どこか行くのかい?」


「ちょっと体を動かしにな。そういうあんたは、何でこんな時間までカウンターにいるんだ? 今日はもう誰も来ないだろ?」


「昔からの癖じゃな。ここにいると落ち着くんだよ。そうだ、ちょっと話さないかい?」


 そう言ってイサムはロビーにある丸椅子を指す。その椅子を持ってカウンターの前に置いて座わった。


「ばあさんは?」


「もう寝たよ。明日から忙しくなるだろうからってな」


 しゃがれた声でイサムは笑った。


「悪いねぇ。本当は手伝いたくなかったろ?」


「いや、そんなことは......」


「気を遣わなくていい。若いもんが老いぼれのしがない宿屋なんか来たくなかろうに。アテナさんだから断れなかった事くらい分かる」


 イサムはそっと目を伏せた。


「あの二人にとってもいい経験になるはずだ。中々こういう機会はないだろうからな。俺にとってもいい経験になる」


 クラトスは口角を上げ、深いシワだらけの目を見た。


「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいよ」


 あぁ、と彼頷く。


「ところで、気になる事が一つ」


「うん? なんじゃ?」


「あんた達は院長とどういう関係なんだ?」


「古い知り合いじゃよ。深い関係はない」


「しかし、第二夫人と──」


「あぁ......それはじゃな......」


 イサムは眉を下げて頬をかいた。


「じいさんや。じいさんいるかい?」


 すると棚横のドアの向こうから声が聞こえてきた。


「なんだい、ばあさん。まだ起きてたのか」


 彼はそのまま立ち上がってドアの向こうへ消えた。

 第二夫人。どこかで聞いた事あるような。それにアテナ、あの顔もどこかで見たことあるような。しかし、思い出せない。後一捻りすれば詰まった物がすべて取り出せるような感覚。非常にもどかしい気持ちになる。出会った時から抱えている違和感もきっとそこにあるに違いないとクラトスは確信した。


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