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第19話

 無数の長テーブル。等間隔に石壁に据え付けられた燭台。見上げるほどに高い天井から吊り下がっている、いくつものシャンデリア。食堂の一角に色とりどり野菜や魚、肉料理が陳列している。院を出て数日しか経っていないのに、少し懐かしく感じた。


「そうだったか......」


 向かいにはアイネイが座っている。山のように盛ったはずの料理がもう少しで空になろうとしていた。

 クラトスはボラ村の一連のことを話した。物資が届かなかったこと。アニスの騎士団は荷物はおろか、村で起きた騒動を知らなかったこと。そして、アレクの父が盗賊に殺されたこと。

 彼は頷いて、時折食べ物を口に運びながら静かに聞いていた。


「騎士団の件については謝罪しよう。すまなかった」


 両手をテーブルの端に付いて頭を下げる。


「以前、ここで貴公に話したことがあっただろ? とまぁこんな具合で伝達が行き届かないことが多いんだ」


 アイネイは苦笑して頭を掻いた。


「何か理由があるのか?」


 届かないなんてことは普通じゃ考えられない。途中、何者かに襲われて伝達者が途絶えるなど、よっぽどのことがない限り起こりえないだろう。一字一句覚えてなくても要件さえ伝えればいい。誰でもできる仕事だ。


「旧国同士でいがみ合っているからだろう。やれ、あそこが言っている、そっちが言っている。だから伝えてやんない、ってな」


「なんだその子供みたいな理由は」


「バカみたいだろう。本当にそうだ」


 テーブルに付いている手がギュッと力強く握られた。


「それと、アレクの父に関しては災難だったな」


「あぁ」

 

 クラトスはフォークを優しく皿に置いた。グラスの中の氷が音を立てる。

 しばらくして彼は口を開いた。


「あと少し」


「うん?」


 キョトンとした表情でアイネイは顔を覗かせた。


「少し早ければ、俺は父ちゃんを救えたはずなのに」


 蝋人形のような硬さじゃない。冷たさはあったものの、まだ皮膚の柔らかさが触れた手の中で感じた。

 もっと早く走っていれば。もっと早く居場所を掴めていたら。


「自分を責めるな。どれだけ考えても、行きつくところは同じだ」


「あぁ。......そうだな」


 肉を一つ運び口を開ける。が、食べずにまた皿に戻した。


「こんな気持ちになるのは初めてだ」


 死んだ者は帰ってこない。『過去』の人に執着しても何も意味はない。むしろ足枷になるだけ。

 弱き者は淘汰され、強き者が生き残る。生きたければ強くなれ——故郷カヤ国で頭に叩き込まれた。弱いから死ぬのだと。


「アレクを見て、助けてあげたいと思った。あいつが悲しむ姿を見ると......どういえば分からないがこう、胸が痛い」


「そうか」


 それ以上アイネイは何も言わなかった。

 いつの間にか学生で賑わっていた食堂も、ポツポツとまばらになっていた。白い服を着た人達が陳列している料理や空いた皿を片付けている。


「そろそろ俺たちも戻ろう」


 アイネイはトレーをもって立ち上がる。残りの料理を急いでかきこんで後を追った。食堂の者に軽い挨拶をして外に出る。


「ゆっくり休むといい」


「あぁ。おやすみ」


 目を伏せ、クラトスは帰路につこうとする。


「貴公は」


 数歩進んで後ろから呼ぶ声が聞こえた。彼は眉をひそめて振り返る。


「少し、教師らしくなったんじゃないか?」


「教師らしく?」


「あぁ」


 アイネイは頷く。


「さっき胸が痛いって言っていただろ? それは貴公も悲しいってことだ」


「それってどういう──」


 フッとアイネイは笑い、手を上げてうす暗い夜の道へときえていった。


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