第18話
「誰だオメェ」
一人の男が眉を寄せて睨む。
全部で五人か——穴だらけの布切れ。切れ間から、あばらが浮き出ているのが見える。手足は棒の様に細い。縮れた髪。歯は抜け落ちて、所々に生えている。しかし、その歯も欠けていて黒ずんでしまっている。それでいて、彼らから異臭が漂っていた。
「父さん!」
アレクが叫んだ。
「あん? オメェ、コイツの息子か?」
一人が顎で指す。
「なんてことを......」
ベルが目を見開いて、呆然とした口を両手で塞いだ。
そこには横たわっている男性の姿が見えた。腹が赤く滲んでいた。口から血が流れた跡があり、目は開いていて天井を向いている。
「あとちょっと早ければなぁ。残念だ」
ししし、と男たちは笑った。歯の間から空気が漏れている。
「父さあああん!」
アレクは崩れ落ち、顔を地面にこすりつけるように泣く。彼の叫び声が洞窟内に響き渡る。
「あそこにある食いもんを取りに来たのか? 渡しはせさねぇ。せっかく取ったもんなんだからよ!」
「後ついでにそこの女も渡さしな」
一人が枝のような指でベルをさす。
「お嬢ちゃん、俺たちと楽しいことしない? そんな所にいないでさ」
ししし、また空気の抜けた笑い声が耳を襲う。
「気持ち悪い」
彼女は見た事もないくらい顔をしかめていた。同じ男の自分でも吐き気がする。
クラトスは何も言わずに剣を抜いた。
「二人とも、離れていろ」
「でも、相手は五人ですよ!? 私も戦います」
「大丈夫だ。俺一人で十分」
二人を後ろに促して構える。
「舐めた真似しやがって。かかれ!」
男たちは一斉にクラトスに飛びかかる。縦に、横に来るナイフを捌く。
数が多いといえど、所詮は素人。ブレた剣筋。避けてくださいと言わんばかりに大きく振りかぶっている。
「なんだコイツ......つえぇぞ」
盗賊たちは息を切らし始めた。当たり前だ。こんな骸骨のような奴らに体力なんかあるはずがない。
「終わりか?」
「クソがぁぁ!」
一人男が突っ込んで切りかかる。
「うちの生徒の方が、まだまだやり応えがあるな」
甲高い金属音を鳴らして、クラトスは男の持ているナイフを弾け飛ばした。あっけにとられてる彼にそのまま斜めに斬った。
男はそのまま悲鳴を上げながら倒れる。
「やったの......?」
ベルは息を吐くように言う。
「いや。致命傷は避けてある。安心しろ」
今度はクラトスが間合いを詰める。
弱い——弱すぎる。向こうも何とか応戦するが、一振りかざば、彼らの奮い立たせた意志もろとも砕く。
こんな奴らにアレクの父は殺されたのか——悔しさと、ほんの少し彼に対して情けなく思ってしまう。
キン。キン。と耳を突き刺すような高い金属音が鳴るたびにその気持ちが膨らんでいった。
気が付けば盗賊らの手にはなにも持っていない。すべてなぎ飛ばしたみたいだ。あちこちに散ったナイフ。観念したのかひれ伏せ、地面に頭をめり込ませた。
「悪かった! この通りだ! 勘弁してくれ!」
すまなかった——ゴリゴリと額を擦り付けている。
「どうして父さんを殺したの?」
声を絞りだしてアレクは言った。依然として彼も顔を伏せたままだった。
パッと男たちは顔を上げる。額が赤く滲んでいた。所々に子砂利がくっついている。
「あまりに暴れるもんだからよ。ちょっと黙らせようと思っただけなんだ」
すると彼はゆっくりと立ち上がった。目が吊り上がって充血している。まぶたから顎にかけて涙の跡がくっきりと残っていた。
「黙らせる? それだったら刺す必要はなかったじゃないか! それなのになぜ刺した?」
男たちは黙った。湿気で天井にたまった水滴が落ちる。すると、アレクはふらふらとゆっくり歩いた。ベルとクラトスは不審そうな顔で彼を見た。
「......なにしてるの?」
ベルが恐る恐る聞いた。アレクは無視して、クラトスが弾け飛ばした盗賊のナイフを拾う。そして、盗賊にその短い刃先を向けた。
「なんで刺したか言えって言ってるだろ!」
彼は怒鳴った。闘牛のように興奮した息づかい。その手は大きく震えていた。
「軽く刺せば一発で黙ると思ったんだ! 殺すつもりはなかったんだ!」
「ふざけるなぁぁぁ!」
彼は持ち手を自身のみぞうちに当て、叫び声と共に突進する。
「アレク!」
クラトスは彼の前方に立つ。しかし、アレクは止まらず、一直線に激しい勢いで走る。
「先生! 危ない!」
ベルが叫ぶ。
彼は剣を構えて待ち受けた。迫る刃先一点を見つめる。
キィン。ナイフが飛ぶ。遠くで落ち、短く跳ねた音が聞こえた。
呼吸は乱れ、目の焦点が合っていない。アレクはそのまま力なく倒れこんだ。
ベルは慌てて二人のもとへ駆け寄る。
「こいつを外まで運んでくれ」
「先生は?」
「後から合流する。心配するな」
分かりました、と頷いて、彼の肩を担いで外へ向かう。二人が見えなくなるまで目で見送った。
「さて」
盗賊たちに振り返る。もう戦意喪失したようで、こじんまりと座り込んでいた。
「どうしたものか」
「許してくれ!」
四人は手のひらを合わせて頭上に掲げる。奥に父親が横たわっているのが視界に入る。彼の元へ行き、ギョロっと開いた眼を閉じた。体を触る。冷たくはなっているものの、まだ硬直はしていない。
「頼む! このとおり!」
「どんなに許しを乞うても死んだ者は帰ってこない」
「え?」
「何でもない」
クラトスは大きく息を吐く。
「なぁ、あんたなら分かってくれるよな? 俺らの事」
「は?」
「知ってるぜ。この国の人間じゃないだろ? あんたのこと、どっかで見たことあるんだ」
クラトスから返事がない事が分かると続けた。
「俺ら五人もここの人間じゃない。最近、西の方から来た。サージュ国ってところさ」
体の芯が少しずつ冷えていくのを感じる。ジリジリと自分の黒い部分に歩み寄られて来るような感覚に襲われた。
「そこで騎士をやっていたんだ。といっても下っ端もいいところだけどな」
その内の一人が、声を上げる。
「思い出した! あんた、カヤ国にいなかったか? そうだ。間違いない」
ズン、と土足で黒い部分に入られる。嫌な汗が背中を伝う。ギュッと柄を握りなおす。
「忘れもしねぇ。バッタバッタとなぎ倒したあの光景。ありゃ獣だった」
「あぁ! 俺も思い出した! 確か白いけも——」
ザクッ。
奴の喉元に剣が突き刺さる。喉から血が勢いよく舞った。呼吸が漏れる音と共にドサリと倒れた。吹き出した血が放射状に地面を染め上げる。
「ヒィィィィ!」
腰を抜かした盗賊たちに、一歩ずつ
ザクッ。
また一人喉元を突き刺した。
ザクッ。
ザクッ。
ゆっくりと、そして確実に殺していった。
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