第16話

「なにも収穫なし、かぁ」


 アレクは大きくため息をついてうなだれた。


「しょうがない。むしろあった方が驚きだ」


「そうですけど」


「私たちの本命はマエルさんでしょ。絶対何かしら得ているはずよ」


「もういい時間になってるはずだ。そろそろ戻るぞ」


 朝も通ったこの石畳の道を歩いて市場へ行く。昨日来たばかりなのに、かなりこの町を練り歩いた。そのおかげでアレクの案内がなくてもどこに何があるか、ある程度分かるようになった。


「ボラ村に残った皆はちゃんとやっているだろうか」


「え、心配なんですか?」


 ベルは目をパチパチさせる。


「当たり前だろ」


 クラトスはムッとした顔になる。


「だってそういう風に見えないし。先生、みんなに冷たいじゃないですか」


「そんなつもりはないが」


「えぇ、そうなんですか? いつも怒ってるように見えますよ」


「そうなのか?」


 クラトスはアレクに目を向ける。


「はい。なにかヘマでもしたら怒鳴られそうな気がして怖いですよ」


「だって......ねぇ? 最初来た時、イグニールとやりあってたでしょ。彼にあんなこと言えるのクラトス先生くらいです」


「そうそう。僕も先生みたいにガツン! といえるようになれたらなぁ」


「やめときなさい。あんたが言ったら返り討ちにされるだけよ」


 続けてベルは言う。


「不愛想で何考えてるか分からない。だけど、話せばいい人になのにね」


「それは......褒めてるのか?」


「褒めてます」


 ふふふ、とベルはいたずらな顔で笑った。

 人が多くてかき分けて行った市場も、今は自分のスペースにゆとりをもって歩くことができる。マエルの店が見えると、彼もこちらに気付いたようで手を振った。


「待ってたぞ」


「どうでした? なにか聞けました?」


 アレクが前のめりになって聞いた。


「あぁ。そりゃあもう凄いのがな」


 マエルは噛み締めるような表情で言う。早く言いたくて仕方がない様子だ。


「では、その凄いものを聞かせてもらおうか」


「あぁ、馴染みの商人から聞いた話だ。ガリガリの男らが、かなりの数の荷物を積んだ馬車をひいていたらしい。恐らくそれはボア村に届くはずった物資だ」


 クラトスは顎に手を当てた。


「馬車をひいていたのは誰だ? そいつはどこへ行った?」


「誰って盗賊が──」


「違う。襲われるまで誰がひいていたかを聞いている。そいつがもし町にいるなら、ここへ呼んで詳しい場所を知りたい」


 彼は早口で捲し立てた。すると、脇腹を小突かれる。顔を向けるとベルが目を見て首をゆっくり横に振った。

 マエルは困惑した様子で言う。


「ひいて行ったのは......ボア村から......そうお前の父ちゃんが来たんだ。だから父ちゃんに馬車を貸してやったんだ」


 その瞬間、嫌な汗が引き出した。背中に伝うのが分かる。アレクも同じのようだ。


「やっぱり......。でも何で父さんが来るまで送ってくれなかったんですか?」


「中々、食いもんや木材が揃わなかったんだよ。なんせ急だし、数もかなり多かったから。準備できた所にお前の父が来て、持って行ってもらったんだ」


「そんな」


 アレクは息を吐くように言った。見ると指先が小さく震えている。分かっていた事ではあるが、こうして事実を突きつけられると

 マエルに戻して言う。


「で、その商人はどこでそれを見たって?」


「確か——」


 どうやらボア村とアニスの丁度、真ん中辺りでみたらしい。


「そこから北の方角に向かって行ったみたいだ」


「いつそれを見た?」


「うーんと」


 マエルは目を瞑った。しばらくして目を開ける。


「二日前だったかな」


「丁度、俺たちと行き違いになったか」


 小さく舌打ちをしてアレクに聞いた。


「アレク、確かこの町からボア村までは一本道なんだよな?」


「そうです」


 クラトスは頷いてマエルに顔を戻す。


「礼を言う。助かった」


「なんてことはない。その......すまなかったな」


 マエルは眉を下げた。


「気にするな。二人共、すぐに行くとしよう」


 踵を返してボア村の方を目指す。

 無事でいてくれ——思いをかみしめるように道中を急いだ。

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