第15話

 宿を出てすぐ近くの待ち合わせのベンチへ向かう。眠っている体が歩を進めるたびに目を覚ましていく。

 ベンチに着くと一足先にアレクが座っていた。


「おはよう」


 声をかけると彼はぎこちない笑顔を作る。よく見ると目の下にクマができていた。


「おはようございます」


「眠れねかったのか」


「はい。父さんの事が心配で......。どこにいるんだろう。今頃盗賊たちに何されてるんだろうって考えたら、眠れなくなちゃって」


 彼は乾いた笑いをあげた。


「そう悲観的になるな。分からないことをずっと考えていたって、結局は憶測でしかない。なに一つ分かりやしない」


 クラトスはアレクの隣に腰かけた。


「考えるだけで労力を使う。もう考えるな。今は目の前にあることに集中しろ」


 はい、と彼は頷いた。

 正直なところ、アレクの言う通り、おそらく父親は盗賊に捕まっている。捕まっているだけないいのだが、下手したら——


「おはようございます。私は一番最後ですね」


 あくびをしながらベルがノソノソと歩いて来た。


「随分と眠そうだな。お前も眠れんかったのか?」


「朝はすっごく弱いんです。それに今日はいつもより起きるの早いじゃないですか」


 そうだな——クラトスはベンチから立ち上がる。


「よし、市場に行くぞ」


 市場はすでに営業している。人がごった返す前に店主たちに聞けるだけ聞き込みたい。しかし、今、町の住人たちが歩いているのは揃って市場の方向だ。モタモタしていると身動きが取れなくなってしまう。


「いい情報見つかりますかね......」


 アレクが不安げな目で彼を見た。


「どうだかな。理想はお昼前にはもう掴めていることなんだが」


「大丈夫よ。きっと見つかるわ。お父さんも平気よ」


 ベルはアレクの方をポンと叩いた。彼はホッとしたのか頬が緩んだ。


「ところでアレク」


 はい?——アレクはキョトンとした。


「市場に誰か当てのある人がいるのか?」


「はい。いつも卸している店があるんです。そこの人がもしかしたら何か知っているかもと思って」


「なるほど」


「これでダメだったらまた振り出しですね......」


「その時はその時だ」


 住人と、周辺の村から来たであろう沢山の荷物を抱えた人たちがごった返す。どうやら着いたみたいだ。昨日よりも人が多くなっている。今がピークらしい。


「こっちです」


 アレクが先を行く。歩幅が大きく、そして早くなる。二人ははぐれないようについていった。人混みと、店主の売り込みをかき分ける。

 するとアレクはハッとして一つの路面店を急いだ。


「マエルさん!」


「おぉ! アレクじゃねぇか。しばらくぶりだな」


 日に焼けた初老の男はニコッと笑った。


「お久しぶりです」


「後ろの方は知り合いか?」


 マエルはアレクの顔を避けて二人に向ける。二人は会釈した。


「はい。先生と同級生です」


「そうかそうか。こいつがいつもお世話になってます」


 彼はまたニコッと笑った。


「それでね、マエルさん。ちょっと聞きたいことがあって」


「おう。何でも言ってみろ」


「ボラ村が盗賊に襲われたのは知ってますか?」


「あぁ。もちろん知っているとも。もう物資の方は届いただろ?」


 その言葉に一同は肩をピクッとさせた。


「何か知ってるんですか?」


「知ってるも何も、あれは俺たち市場の奴らみんなで送ったものだ。いつも世話になってるからな」


 彼は自慢げに胸を張った。

 どうりで騎士団の連中が知らなかったわけだ——クラトスは納得する。


「それがその......物資が届かなくて」


「なに!?」


 マエルは目を大きく見開いた。


「だから、この辺の人達に聞き込みをしているんです。けど何も収穫はなし」


 アレクはがっくし肩を落とす。つられて自分も肩を落としたくなる。

 そうだったのか——マエルは小麦色に焼けた太い腕を組んで考え込んだ。


「少し時間をくれないか? この辺の奴らに聞いてみる」


「でも——」


「いや、ここは彼に任せた方がいい」


 クラトスはアレクを制する。

 市場の店主たち、卸す行商人や周辺の村人たち。それらと深い関わりのあるマエルに聞いてもらうのが、一番手っ取り早くて確実だ。


「お願いしてもいいか?」


「あぁ、いいとも。昼過ぎになればだいぶ落ち着く。頃合いをみてまた来てくれ」


「助かる」


 マエルは頷く。

 客に呼ばれたようで軽く手を上げそちらへ行ってしまった。


「一回ここから離れるぞ。町の住人にも聞いてみよう」


 三人は市場離れ後にした。











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