第14話

 石を積み重ねられた壁にレンガの屋根。苔が生え、所々欠けている。長い事、修繕を重ねて住んでいるように見てとれた。そんな家々が無数に立ち並んでいる。道も土から石畳に変わる。馬車が行き交い、活気をもたらしていた。


「ついたな」

 

「えぇ。初めて来たわね」


 キョロキョロと辺りをベルは見渡していた。


「で、ここからどうしましょうか?」


「とりあえず、騎士団の支部に行くぞ。アレク、案内できるか?」


「はい。こっちです」


 アレクが指さして歩く。硬い石が自分たちを押し返すような感覚を足底で感じる。

 おそらく自分たちが今いるところは市場だ。香辛料や果物、様々な食材の香りが漂っている。賑やかな声が飛び交い、時折、店主が食べ物や道具を持って話しかけてくる。アレクは慣れた様子でかわし、二人はそれについて行った。


「全然違うな」


「何がです?」


 ベルはキョトンとした顔で言う。


「いや、カヤ国とな。なんと言うか......雰囲気が」


「雰囲気?」


「こっちの方がみんな顔が明るいな。活き活きとしている」


「へぇ、そんなに違いますか」


 あぁ、とクラトスは頷く。


「こんな賑やかな所はそうそうない。皆死んだような顔している」


 理不尽に高い税。横暴な騎士たちに怯える民。強さがすべて。弱きものは淘汰される。あの国でのし上がるには強くなるしかない。しかし、裏を返せば、腕さえあれば出身、階級、ましてや性格など関係ない。


「それは嫌ですね。僕なんかが行ったら大変だ」


「そうかもな」


 フッとクラトスは笑った。


「そういえば気になったんだが、あの旗。あれは何の紋章だ?」


「あぁ、あれですか。あれはエルヴァル王国の紋章です。ほら、地面にもあるでしょ」


 そう言ってアレクは地面に目をやった。同じように舌を見る。ところどこに同じのが埋め込まれている。


「違うのがもう一つあるが、これは?」


「それは私の家の紋章です。この辺はニコラ家の領地ですから」


 へぇ、とクラトスは頷く。


「エルヴァル王国って元々3つの国だったのは知ってます?」


「あぁ」


「なら話が早いわね。ここ辺も元はウチが統治していた国だったんですよ。それが形を変えて今の様になりました」


「だから紋章が二つあるわけか」


「えぇ。ナサ領に行くと王国とナサ家の2つになりますよ」


「なるほど。フルート家の領地? は一つなのか?」


「そうです。王都は一つです」


 へぇ、とクラトスは頷いた。


「お話のところ悪いですけど、着きました」


 他の建物とは違い、教会に似た造りの建物だ。どっしりとした扉が存在感を放っている。横には『騎士団アニス支部』と書いてあった。


「ここってアニスって町なのか?」


「そうですよ。あれ? 言ってませんでしたっけ?」


「今初めて聞いた」


「あ、そうでしたか。すみません」


「気にするな——」


「ねぇ、早く中に入りましょうよ」


 ベルが眉をひそめピシャリと言った。


「あ、あぁ。そうだな......」


 じゃあ——クラトスは忍びなく扉を開ける。

 中に入ると、若い男が一人、中年の男が一人椅子に座っていた。タバコの煙が充満していて思わず咳き込みそうになる。


「なんだお前さんたち。見ない顔だな」


 中年が訝し気な表情になる。


「ちょっと聞きたいことがある」


 クラトスは向かいの椅子にドサッと座って腕を組んだ。


「ボラ村に物資の援助が届かなくてな。また送ってもらいたいのだが」


「ボラ村? なんの話だ?」


 男はキョトンとした。


「トボケるな。物資を村に寄こそうとしてたのはお前達なんだろって言ってんだ」


「さて、知らんなぁ」


「ジジィ、シラを切るのもいい加減にしろ」


 クラトスはドンと机を叩いた。


「貴様! さっきからなんだその態度は!」


 もう一人の若者が勢いよく椅子から立ち上がりクラトスに詰め寄る。それに応えるように彼もまた立ち上がり、にらみ合った。


「ちょっと先生! 落ち着いて!」


 ベルが慌てて止めに入る。


「どけ。こういう奴は力で分からせてやらんと」


「ほう。やれるもんならやってみろ」


 にじり寄る二人に彼女はアワアワと取り乱している。それに対し、中年の男はブツブツとなにか呟いていた。


「お嬢さん、もしかして二コラ家の方ですかな?」


「え、えぇ。そうですけど」


 すると男はおい! と若者に叱咤しったする。


「これはこれは。ご無礼を働き大変失礼しました」


 深々と頭をさげる。訳が分からない様子ながら、若者も頭を下げる。

 ベルは無視して続けた。 


「私たちはメテオラ修道院から参りました。今ボラ村の復興支援をしておりまして——」


 これまでの流れを説明する。二人は彼女の話に時折、頷いては何か考えている様子だった。


「なるほど......。先ほども申し上げた通り、我々はなにもしておりません」


「村の一件も知らなかったと」

 

 クラトスは中年の男をジッと見る。

 はい、とシュンとなった。先ほどの態度とは大違いだ。

 これ以上、ここにいても何も掴めそうもない。二人に声をかけ騎士団を後にした。





 日が暮れ、町に明かりが灯り始める。人が行き来して賑わっていた大通りも落ち着きを見せる。

 クラトスたちは近くの食堂で夕飯を取ることにした。この辺では名物らしいイノシシのシチューを食べる。市場で嗅いだ香辛料のと同じ香りがした。


「私、獣臭い肉、苦手なんですよね」


 ベルは丁寧にミートパイをナイフとフォークで器用に口に運んでいる。


「それは違うやつなのか?」


「はい。なんの肉か分からないですけど、獣臭さはありませんわね」

 

 そんなことより——彼女は続けた。


「さっきのはなんなんですか!」


「なにがだ?」


「なんで、あんなところで喧嘩を始めようとするんですか! それに、もう少し聞き方ってのがあるでしょ!」


「本当ですよ。もうヒヤヒヤしましたよ」


 アレクはそう言って苦笑した。


「ここからは私とアレクの二人で聞いた方がよさそうね」


 ベルとアレクは頷き合った。


「おいおい。そしたら俺はなにするんだ?」


「後ろで見ていてください。それで、変な人が来たら追っ払ってもらいます」


 やれやれ——クラトスはため息をついた。


「それにしてもベルの事が分かった瞬間にあいつら、急に態度変えやがったな」


「まぁ、領主ですし、旧王家ですもん。変えない方がおかしいですよ」


 アレクもクラトスと同じイノシシのシチューを口に入れる。


「もう慣れてますから。そういうの」


 彼女は肩を落とす。そうは言ってるものの、心の中ではうんざりしてように見えた。


「でも、先生はその辺、差別することなく皆に接してますよね」


「あぁ」


 生まれも年齢も関係ない。教師が上で生徒は下。それがたとえ王子であってもだ。ここに来てから新しく追加されたポリシーだ。


「けど、さっきのあの感じじゃあ、きっとそういう性格なのかもしれませんね。しかも短気」


「おい」


「冗談です」


 ウフフ、と彼女は笑った。一息ついてベルは続けた。


「で、明日はどうします? 聞き込みといっても無闇に聞くのはあんまりよくなさそう」


「それは俺も同感だ」


 だが、当てのあった騎士団からの情報はなし。振り出しに戻った今、なにを誰に聞けばいいのか分からない状況だ。こうなってしまっては、気が進まないがやはり道行く人に片っ端から聞いていくしかないのだろうか。


「あの」


 アレクが口を開いた。


「どうした」


「一つ、思い当たるところがあるんですけど」


「どこだ?」


「市場です」


「市場?」


 クラトスとベルは瞬きした。


「自信はないですけど。もしかしたらと思って」


「いや、ありがたい。明日起きたらすぐ市場に行くぞ」


 はい、と二人は頷いた。空になったテーブルを後にし店を出る。

 明日で盗賊、そしてアレクの父の居場所を突き止める——彼の胸の中で静かに誓った。






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