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第13話

「あっ、来たわね」


「待たせたみたいだな」


「いえ、私たちもさっき来た所です。では、しゅっぱーつ!」


 彼女は張り切った様子で歩き始める。2人はそれについて行く。

 村を離れ、森の中に入った。木々の間に一本の道。これを辿ればきっと町に着くはず。

 それでも、全く違う所に行き着くというのもなくはない話だ。一応アレクに聞いておくか。


「この道を辿れば町に着くんだよな?」


「はい。町と村を行き来する道でして。途中で別れたりする事もないで分かりやすいと思います」


 分厚い雲で覆われた空が木の葉の間から顔を出す。雨が降らなければいいが。

 そんな心配をよそに、ベルはどんどん進んでいく。

 あぁいった天真爛漫な子というのは周りから慕われ、緊迫した雰囲気をほぐし、隊の士気を上げる。

 自分には決してなれない、底抜けの明るさが羨ましく思う。


「——生。先生!」


 ベルがムッとした表情でクラトスに近づく。


「っ、すまない。ついボーっとしてな」


 顔をそらした彼に、もう、っと若干呆れた様子で言う。


「大丈夫ですか? 重要な仕事だというのに。やっぱり私がしっかりしなくちゃダメみたいですね」


「あぁ、期待しているぞ」


 ははは、とクラトスは苦笑した。

 ベルはまんざらでもない様子で踵を返して再び歩き始める。


「で、俺に何か用があって話しかけたんじゃないのか?」


 後ろから声をかけると彼女は再び振り向いて後ろ向きで歩く。


「特に用ってのはないですよ? けど皆、黙ったまま行くのもなんか気まずじゃないですか。せっかくなんですしお喋りでもしながら行きましょう。まだ先生やアレクとは少ししか話してないですもん」


 そうなのか?——とクラトスはアレクを見た。


「そりゃあ貴族の方ですし......その中でもエルヴァル王国の御三家のご令嬢ですし」


「まぁ、揃いも揃ってちゃあ肩身は狭いはな。気持ちは分かる」


「なにか失礼なことがあってからじゃ遅いですからね。ウチみたいな村なんかあっという間に消し飛んじゃいますよ」

 

 アレクは肩をすぼめて見せた。


「やめてよ。くだらない」


 ベルの声が低くなった。


「私はね、どこの家だとか、どこ出身だとか、そんなくだらない事で一括りにされることが大嫌いなの。それにアレク、私は何回もベルって呼んでって言ってるのに、未だに様付けよね? 何で呼んでくれないの?」


「それは......僕とベル様じゃ身分が違い過ぎるし──」


「だーかーらー! もう一回最初から言って欲しいわけ?」


 アレクに勢いよく捲くし立てる。冗談ですぼめた肩がいつしか本心でそうなってた。さすがに気の毒になってしまった。


「まぁまぁ、その辺にしといてやれ」


 燃え盛る赤色のガラス玉はクラトスを睨みつけ、そして詰め寄った。

 まずい、火が飛び移った。


「そんな他人事の様に言ってますけどね、アレクと一緒になって言ってましたよね!?」


「悪かった。謝る。だからそんなに怒るな」


 彼女の肩に手を置きなだめた。なんだか子供をあやしているかのような気分になる。

 まぁ、そこまで言うなら——ベルも落ち着いてくれたみたいだ。


「とりあえずアレク。あなたはベルって呼びなさい」


「しかし——」


 すると目にまた火が燃えそうになったベルを見てアレクは慌てて言い直す。


「分かりました! ちゃんと呼びますよ」


「よろしい。後、敬語も禁止。同じ学級なんだもの身分なんて関係ないわ。共に学び、共に励む。そうでしょ?」


「う、うん。そうですね......じゃなかった、そうだね。分ったよ」


 タジタジになる彼を見て、納得したようにベルは何度も頷いてる。

 

「そういえば先生の名前って、クラトス......なんでしたっけ?」


「デスフィリアだ」


「あぁ、そうだった。珍しい名前ですよね。初めて聞いた」


「そうかもな」


「先生ってどこから来たの? この国の人じゃないですよね?」


「ちょっとベル」


 アレクが慌てた口調で言った。


「だって気になるじゃない」


「そうだけど。でもマズイよ」


「なんだ。俺に気を遣ってくれてたのか?」


「はい......。なんか聞いちゃいけない気がして」


「アイネイさんがね、先生の事については詳しくは聞くなって言うんですよ。でもそんな事言われたら、返って気になっちゃうじゃないですか」


「それは確かにそうだな」


 ある日突然、知らない若造が自分達の教師になればそりゃあ気になるだろうな。


「全部は話せないがいいだろう。俺はカヤ国から来た」


「カヤ国?」


 アレクが首を傾げる。


「カヤ国はここから東にある国よ。確か、サージュ国の隣でしたっけ?」


「あぁ」


「軍事国家でしたよね? それもかなりの」


「詳しいな」


「お父様に勉強させられてましたから。カヤ国だけは敵に回したらいかんってよく言われてました」


 その考えは間違いじゃない。勝利する為なら手段は問わない。非人道的なことが行われるのも日常茶飯事だ。そんな所とは関わらないのが吉である。


「向こうで何されてたんですか?」


「騎士をしていた」


「へぇ。じゃあ白き獣は知ってますか?」


 その言葉にギクっと冷や汗が湧き出た。まさか──


「知っているのか?」


「特に白き獣には気を付けろ──もう耳にタコが出るほど父から聞きました」


「ほう。その白き獣とやらはどんなやつなんだ?」

 

 うーん、とベルは考え込む。


「確か......騎士なんですけど......すっごい大きい斧を持っていて。それで人を見境なく殺すんですって。それで誰もいなくなった所狙ってその人らを食べちゃうらしいんです」


 隣で情けない声が聞こえてきた。見るとアレクが仰天している。


「それって本当なの? 人間が、人間を食べちゃうってこと?」


「だから獣って呼ばれてるのよ。けど、それだけじゃないわよ」


 得意げな顔でベルは言う。


「その人、なんと私達と同じ年なんだそうよ! 子供の時からやっていたんですって」


「えぇ!? カヤ国ってそんな恐ろしいんだ。その白き獣ってやつが修道院にいなくてよかったね」


「当たり前じゃない。そんなやつがいたら、今頃八つ裂きにされて食べられてるわよ。あなた」


 隣でまた情けない声が聞こえる。一体どこからそんな声が出てるんだ。その恐ろしい獣がここにいますよ、と言ったらどんな反応をするのだろうか。からかってやりたい気持ちに駆られたが、ややこしくなりそうなので胸の内に留めた。

 しかし、どうやらベルは白き獣が俺だという事までは分からないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。


「そんなのデタラメが過ぎる。第一、人なんか食うわけないだろ、それに斧なんかも振り回さん」


 するとベルは目を丸くさせた。


「そうなんですか?」


「当たり前だろ。そんな気が狂ってる男じゃない」


「うーん......」


 彼女は手を顎に当て頷いてる。


「先生は白き獣に会ったことあるんですか?」


「え? あぁ、まぁ......会った事ある......のかな」


「へぇ! どんな人なんです?」


「どんなって言われてもなぁ。まぁ、普通の奴だよ。お前が思ってるほど頭のおかしい奴じゃない」


 きっとそう──俺はいたって普通。ちょっと人と話すのが苦手なだけ。そう自分に言い聞かせるように言った。


「なーんだ」


 ベルは不満げに唇を上げる。何を期待していたんだ。

 一国を挟み故郷とかなり距離があるこの国では、話の原型がほとんどない。人の聞き違いや勘違い、勝手な憶測がそれを繰り返していつしか全く別の何かになりそうだ。


「さっきも言ったけどカヤ国って軍事国家なんですよね? よくここまで来れましたね。よっぽどの事がない限り出られないっていうのもお父様から聞いたことがあります」


「そうだな。その通りだ。普通ではありえない」


「なんで先生は出れたんです?」


「それは──」


 について話すのはまだ早い。いや、このまま墓まで持って行ったほうがいいだろう。きっと話したら修道院にはいられないかもしれない。特に一部の生徒にとっては突き刺さる話だ。


「その内話すとしよう。今は話せん」


「えぇ。いつ話してくれるんですか? 気になるなぁ」


「さあな。気が向いたら話す。ほら、先を急ぐぞ」


 足を早めて前を歩く。その歩きは何かに逃げているような、そんな足取りだった。

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