第12話

「物資が届かない?」


 村人がざわついている。何かあったのかと聞くと、どうやら街の方からの物資が途切れてしまったらしい。


「えぇ。街の方に使いの者を出したのですが……」


「そいつもまだ帰ってこないと」


 はい──ムタはうなだれた。


「もしかしたらまだ盗賊が付近にいるのかもしれないな」


「そんな!?」


 うわああ、と頭を抱え込む。なんだか昨日よりもシワが増え、一層老いて見えた。


「それは困りました......もしまた襲われでもしたら」


「あくまで、もしもの話だ」


「ねぇ、長老、昨日から父さんを見なかったけどもしかして......」


 アレクが不安げな顔で聞く。


「......使いで行ったのは、お前の父じゃ、アレク」


 すまない、とムタは頭を下げた。


「そんな......」


血の気がサーっと引いていくのが見て分かった。小さくなった瞳孔で長老をの顔一点を見ている。

 さてどうしたものか。聞いてしまった以上、このままアレクの父を放って置くわけにもいかない。一人で行くのは少々、心もとないが仕方ない。


「ムタ殿、しばらく生徒たちをお願いできないか?」


 怪訝な表情でアレクからクラトスに顔を移す。


「えぇ、それは構いませんが」


「俺がアレクの父と、物資の方を見てくる」


「いいんですか? そうして下さると助かりますが......まさかおひとりで?」


「あぁ」


「あの」


 声の方に今度はクラトスが顔を移す。アレクは彼の前まで移動して見上げる。


「僕も一緒に行かせて下さい」


拳がグッと握られるのが分かった。決意を固くし、引き締まった顔になっている。本来なら二つ返事なのだが——


「ダメだ。もしもの事があったら危険だ」


 むしろ足手まといだ。まともに剣を振れないような彼に傷一つ負わせることなく帰ってくるのは難しい。


「でも——」


 何か言いかけた彼をフルートが制した。


「それなら僕が行こう。アレクとは違って剣もある程度は使える」


「尚更、お前はダメだ」


「どうして!?」


 彼は地面を叩きつけるように、こちらに向かって歩く。怪訝な顔でギロリと睨んだ。


「考えてみろ。腐ってもお前はこの国の王子だ。街にでも行ったらどうだ? 目立ってまともに動けやしないだろう。それに──」


 クラトスはチラッとプロテジアを見た。フルートもつられてそっちを見る。


「お前が来るということはあいつも来るだろ?」


「大丈夫です。プロテジアはここに置いていく」


「そうは言ってもあいつが大人しくいるとは思えんがな」


「ヤツにはもう僕に近づくことはありません」


「そうは言ってもな。あいつはお前の側近なんだろ? 危険なところに行こうとしてるのに——はいそうですか、と指をくわえて待ってるのか?」


「でも——」


「お前、昨日からおかしいぞ」


 フルートは苦虫を嚙み潰すような苦い顔をした。

 盗賊がいるかもしれないのに、二人で行って彼が負傷、最悪死んだとなれば自分の身が危ぶまれる。少なくとも修道院は出なければないはずだ。

 すると、人をかき分けてベルが前に立つ。 今日は変わる替わる俺の間に立つやつが多い──どこかの受付嬢にでもなった気分だ。

 

「じゃあ、私が行きます」


 そしてこれもまた面倒なのが来たな——心の中でため息をついた。


「私は王子でもない、そこら辺の貴族よ。街へ行ったって目立たないでしょ? それに、私のお父様、すっごい厳しい......と言うか頭がおかしいから、どんどん戦って強くなれっていうの。もう本当に信じられないですよね。可愛い一人娘だっていうのに、なんで──」


「分かった! 分かったから一旦、落ち着いてくれ」


 勢いよく喋り続ける彼女をなだめるように手を前に出す。途中で切られたか、不服そうに頬を膨らませている。


「けどそれでもな」


「じゃあこうしましょう!」


 彼女は閃いたようで手をポンと叩いた。


「先生と私、あとアレクで消えた物資、お父様の調査。フルートと他の人達は引き続き村の復興。だけど、盗賊がまたこの村に来てもおかしくない。そこで、フルートとプロテジア、他の皆にもボラ村を守ってもらいましょうよ。それならいいですよね?」


 彼女はグイッとクラトスに顔を近づけた。赤色の瞳が揺れている。思わず目を逸らす。自分の顔が熱くなったのが分かった。


「し、しかし、アレクは盗賊とやりあうほどの力はないぞ」


「そうしたら先生が守って下さい。最も、盗賊に出くわすのは先生も避けたいのではなくて? ちょっと先生! ちゃんとこっちを見てください」


 ベルがグイッとクラトスの両頬を挟んで顔を正面に向けなおした。ガラス玉のような瞳が彼を捕まえるように見つめる。大きい目に整った鼻、小さい口、まだあどけなさが残っている輪郭。思わず見惚れてしまいそうになった自分を力いっぱい振った。


「分かったわかった。2人を連れて行こう」


 パァっと明るくなったベルの肩に手を置いて距離を押し上げた。

 ゴホンと咳払いをして息と真っ赤になった顔をさまして生徒の方に振り返った。


「てなわけで、他の皆んなには復興及び、村の護衛。ムタ殿、他の生徒たちをよろしく頼んだ」


 一礼してアレクとベルの方見た。


「二人は用意ができ次第村の入り口に集合で」


 そう言い残して逃げるようにその場から去る。まだ自分の顔が熱い。こういうのは慣れてないからやめてほしいものだ。

 気持ちを入れ替えるように周りを見る。村の人達は既に作業を始めていた昨日見た家屋はすっかり修復されているようだ。

 この調子なら戻ってくる頃にはほとんど復興しているだろう、と安心した気持ちになる。それと同時にまた盗賊達が来ないことを願った。

 宿舎に戻って剣と数日分の食料、手に取ってカバンに入れる。

 三人分だから荷物が多くなるな。クラトスは小さくため息をついた。






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