第11話
麦が大量に入った袋を担ぎ上げて運ぶ。枝や木材の破片が散らばって、ぬかるんだ道を歩いた。
壊れた家屋を村の男たちが汗と泥にまみれながら直している。途中、男が彼に気付いて軽く頭を下げた。クラトスもつられて下げる。
「あんた、修道院の人かい?」
「そうだ」
「うちの村から一人いってるやつがいるんだ」
「アレクのことか?」
名前を聞いた瞬間、男はパァッと顔が明るくなった。
「そうそう! どうです? ちゃんとやっていますかい?」
「あぁ。あいつも村に来ているから、そのうち会えると思うぞ」
「そうでしたか、今後ともアレクをよろしくお願いします」
家屋の方から男を呼ぶ声が聞こえた。では、と男は背を向けて走っていった。クラトスも背を向け納屋へ歩いた。
納屋に入ると、中にはフルートがいた。
よいしょ、呟いて箱をや袋を整理している。
「それじゃダメだ」
クラトスは担いでいた袋をおろしてフルートに寄る。彼は瞬きをしてこちらを見つめた。
「ダメって何が......?」
フルートは怪訝な顔になった。
「その持ち上げ方では腰をダメにする」
彼はそう言って腰をまっすぐに伸ばして箱を持ち上げた。
「こうやって持つと腰の負担が少なくて済む。次からこうして持て」
「分かりました......ありがとうございます」
クラトスは軽く頷いて倉庫を出た。
「フルート様、重いものは私がお持ちいたしましょう。もしお怪我でもされたら大変です」
側で聞いたプロテジアが駆け寄る。
「......フルート様?」
彼は顔の覗かせた。
「プロテジア、僕はヤツの事が嫌いになりそうだ」
「それはそれは」
彼は困った表情になる。どう言葉を返せばいいか分からない様子だ。
「しかし、ここで頑張らねば陛下に見せる顔がありません」
「あぁ」
「院を卒業し、ゆくゆくは貴方が王になる。こんな所でへこたれては陛下が残念に思う事でしょう」
「分かっている」
そんなことが聞きたいんじゃない。それは自分が一番よく分かっている。
苛立ちが隠し切れないようで、どんどん声が荒くなる。初めは丁寧に置いていた荷物も少しずつ雑に扱うようになってきた。
「さっきだってそうだ。学級の皆と打ち解けたとは思っていない。しかし、ヤツが思っている程、仲が悪いとも思っていない」
プロテジアがジッとこちらを見つめる。何か言いたそうなときは決まってこうする。察しろとうことなのか。いちいち癇に障る奴だ。
「なんだ? 何か文句でもあるのか?」
いや、と答えるだけでそれ以上は何も言わなかった。無性にその仏頂面の頬を殴ってやりたくなる。
「言えよ!」
周囲の生徒がギョッとした顔で見る。彼は顔一つ変えることなく言う。
「お言葉ですが、仲が良いですとか、仲が悪ですとか、そう言える関係以前の話かと。何度も言いますように貴方は『殿下』で他の皆は『民』なのです。それ以上も以下でもありません」
「つまり、僕は仲良しこよしなんてせずに、もっと『王子』らしくしろと?」
「はい」
「お前に一つ聞く。何故、僕が民の集う修道院に来た?」
何を言っているんだ?——と言いたげな表情で答える。
「陛下のご命令だからです」
「質問を変えよう。なんで、父上が修道院に行けと命令した?」
「民と近い距離で生活することによって、この国のさらなる発展を——」
「もういい」
父が言っていたことをそのまんま復唱する彼に呆れる。台本を読んでいるかのようである。抑揚がなく、自分の考えや気持ちで話しているのかも分からない言葉を並べらるのはうんざりだ。人形と話している気分になる。
その言葉の裏にある、本当の意味をこいつは何も分かってない。
「僕はお前の考えを聞いているんだ」
正解なんて求めてない。プロテジアの胸の中にある思いを聞きたいだけなのに。
「考え......ですか?」
彼は首を傾げた。
あぁ。もうこいつはダメだ。考えるのを辞め人形に徹するようになってしまったか。もしくは考えることができないただの大バカ者なのか——いずれにせよ僕の側においても苛立ちが募るだけだ。
「そうかそうか。よぉく分かった。お前がただの馬鹿だってことがな」
仮面をつけているのかと錯覚するくらいに表情が変わらない彼が不気味に見えた。
「よし、そんなお前に一つ命令だ」
「なんでしょう?」
「僕に近づくな。お前がそばに居ると鬱陶しくてしょうがない。邪魔だ」
「そうはいきません。私には貴方のお守りする義務があるので」
「そうか。ならお父様には、プロテジアは不出来で、職務態度が極めて悪いからそっちに送り返す。とでも言っておこうか」
「それは——」
「逆にだ。もし、お前が僕に近づかなかったら、皆から愛され、側近として相応しいヤツだ。と伝えよう」
少しの間、彼は考え、倉庫を出て行った。
「何をしている?」
再び荷物を抱えたクラトスが戻って来た。カッとなっていたせいで話し込んでいたらしい。何も言わず彼を睨みつけ作業に戻る。
殿下、殿下、殿下。皆、口を開けば揃って殿下。誰も僕自身を見てくれようとはしない。父に、母に、そして僕に少しでも気に入られようと手のひらをスリスリと擦らせている。
周りで我関せず、オロオロしいてる同級生。父の言いなりで何の役にも立たない人形。そして、どこの馬の骨かも分からない教師。全員嫌いだ。皆、僕になんて興味ない。興味があるのは『王子』の僕だから。
皆みんな、大嫌いだ。
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