第10話

 朝靄あさもやがかかる修道院の大門前に集まる。今日からボラ村の復興をしにしばらくここを離れる。

 

「全員来ているか?」


 点呼をとって確認する。皆、眠そうに目を擦っていたり、あくびをしている。そのせいでクラトスにあくびが移って必死にそれを我慢した。

 全く、カヤ国でそんなことしていたらたれてるぞ──はぁ、と息を吐いた。


「よし、全員来ているな。それじゃあ出発するぞ」


 彼を先頭にゾロゾロと生徒達がついて行く。決して遊びでない事は分かっているが、それでも初めての校外授業でどうしても楽しみな部分が出てしまう様で、後ろで楽しげな会話が繰り広げられている。これが今後続くのであれば一言ガツンと言った方が良さそうだな、とクラトスは頷いた。







 森を抜け、道を歩いていると、建物が見えて来た。地図によるとあれがボラ村らしい。あまり大きくなくどこにでもあるような村だ。

 崩れた家屋かおくに踏み荒らされた畑、柵が壊され牛達は木々に紐で頼りなく繋がれている。

 これは──思っていたよりも酷い有様だ。アレクがいぶかしげにクラトスに顔を向けた。

 そんな顔で見るな──彼はバツが悪そうに顔を背けた。


「あなた達がメテオラ修道院の方達で?」


 一人の老人がこちらに向かってくる。作業していたからだろうか、裾が泥で汚れている。


「あぁ。教師している。クラトス・デスフィリアだ」


「これはこれは。長老のムタと申します」


 老人はペコリと頭を下げた。


「早速だが、今はどんな状況で? それによって生徒達に指示をしようと思っているのだが」


「男達は崩れた家を再建している所です。他の者たちは畑を耕し直したり、ゴミとなった木材を片しています」

 

 続けて老人は言う。


「それで、近くの街から食べ物を分けてくれる事になって」


 あれです、とムタは荷車を指差した。いくつかの荷車には食料と思われる箱や袋が溢れそうなくらい山積みで乗っている。


「あれに乗っているのがそうです。なので皆さんには荷車に乗っている食べ物をあっちの納屋に運んでいただきたい」


「あぁ。分かった」


「それと、あなた方はあの小屋を宿舎にでも使って下さい」


 今度は1つの建物を指差した。


「その人数なら小屋一つで充分でしょう」


 本当なら男女で別けたかったが、そんな事を言える状況じゃない。中がどうなってるかは知らないが、もし部屋一つなら仕切りでも作って設置するか。


「あぁ。ありがたい。よしお前ら、荷物を下ろしに行くぞ」


 では——クラトスは生徒を引き連れて家の方へ歩く。あちこちで村人がせわしなく動いている。時々感じる視線に会釈しながら荒れた道をたどる。村の有り様と周囲の感じに気付いたのか、道中の明るげな雰囲気はなくなって緊張が走る。これなら生徒達に怒らなくても大丈夫そうだな。

 扉を開け、中に入る。埃っぽくて長く使われていないことが分かった。そして懸念していた通り、大きな部屋が一つあるだけで、他に何もない。


「もしかして、ここで皆寝るの?」


 ベルが顔を曇らせる。


「それしかないだろう」


 コホンとフルートが言う。部屋中の窓を開け換気する。


「俺が後で仕切りでも作ってやる。それで我慢してくれ」


 クラトスが言うとベルは不満げな様子で頷いた。

 さすがに教師を前にして不貞行為を働く馬鹿は——あ、っと思ってイグニールにチラッと目を向ける。


「あんだよ? 大体お前が考えている事は分かるぜ。俺が手を出そうって思ってんだろ? 三大家の人間が、そんなアホなマネをするわけないだろ」


 クラトスはバツの悪そうに眼をそらす。一応他の者がしないか今夜は見張っておくか。

 皆自分の荷物を下ろし、それを確認して外へ出るのを促した。







「早速だが、この後復興の作業に入る。長老がさっき言っていた荷車に乗っている荷物を納屋に運ぶ——」


 クラトスは荷物を下ろす人、それを仮の倉庫にまで運ぶ人、そしてそれを整理する人と3つのグループにそれぞれ男女均等に振り分けた。

  

「何か質問のあるヤツは?」


「はい」


 ピッとした指先でフルートが手を上げる。


「なんだ?」


「グループに分けてやるのは効率がいいと思いますが、荷物を下ろしたり運んだりするのは女性は危ないと思います。なのでメンバーの変更をお願いします」


「そうだな。それは確かにそうだ」


やはりそうだろう——フルートはしたり顔になる。


「だがそれは却下だ」


「なぜ!?」


彼はカッなったのかクラトスに詰め寄る。


「荷車を見たか? 大きい荷物もあったが小さいのもある。大きいものは男が運んで小さい物は女が運べ。その辺の兼ね合いはお前たちで話し合って進めろ」


「さっきも言いましたがそれでは作業の効率が——」


「俺たちは何のためにここへ来た? 復興もあるが、あくまで授業の一環で来ている。生徒間で話し合って進め、交流を深めるのが今回の一番の目的だと思っている」


 平民は平民同士で、貴族は貴族同士で。その間でけん制し合って金獅子学級はギクシャクした関係になっている。10人も満たない学級でそんなことがあってたまるか。


「それでも、一刻も早く再建しするのが我々の使命だと思います。もしかしたら、先生は僕たちは仲良くないと思っているかもしれませんが、心配いりません。なぁ? みんな」


フルートはパッと振り返る。しかし、プロテジアを除いて誰も彼に目を合わせない。


「それが答えだ」


 彼は苦虫を噛み潰した顔を顔を戻す。


「お前の言いたいことは分かる。もし一番作業効率は早くするとするならば、ペーペーの俺たちではなく、騎士団に要請して再建するのが一番早い。酷い有様ではあるが、もっと酷いところなんて山ほどある。騎士団ではなく、俺たちが呼ばれたということは、そういうことだ」


 フルートは拳を強く握って手が震えている。


「ほかに質問があるヤツは?」


 手を上げていないのを一通り確認して続ける。


「では作業に入る」


 クラトスに指示されたグループを作って各自持ち場に向かう。立ち尽くしているフルートを横目に彼も持ち場についた。

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