ボラ村の復興

1

第9話

「よし、今日はここまで。各自忘れ物がないように」


 1日の終わりを伝える鐘が鳴った。気の抜けたように、ダラリと座りなおす生徒もいれば、友達のところへ駆け寄って談笑する生徒もいる。その光景を眺めるのが毎日の日課になっていた。


「あぁ。一つ忘れてた」


 ちょっと聞いてくれ、とクラトスは生徒を呼ぶ。

 

「近々、課外活動があるのはみんな知っているな? 金獅子学級は村の復興支援に行くことが決まった」


「復興支援ですか?」


 ベルが首をかしげた。


「あぁ。盗賊に襲われた集落があったらしくてな......場所はたしか......ボラ村だったか」


 顎をさすりながら言う。

 すると、1人と生徒が驚いたように肩を上げた。


「どうした?」


「いえ......なんでも」


 右へ左へと目を泳がせている。クラトスは怪訝に思ったが、まぁいいかと受け流した。


「詳しいことはまた後日話す。以上だ。あまり長居しないように」


 いくつかの塊になっている生徒たちの横を早足でかけ去る。

 教室の扉を開け外の空気を吸い込み、大きく吐き出す。室内は多少なりとも淀んでしまう。定期的に換気でもするか——なんてボンヤリしながら歩いていたら西日が目に刺さり思わず目を瞑る。瞼の裏でふいにさっきの彼を思い出す。

 あいつは──やはり、さっきビクッと大きく肩を上げたあの生徒が気になった。

 







 訓練を終え、松明で薄明かりに照らされた夜道を歩く。散歩がてら激しく動いてほてった体を冷やすのは心地いい。

 ──あいつは。

 ベンチに座り深くうなだれている青年が見える。課外授業の話で大きく動揺していた彼。アレクだ。座学は平均的。実践の経験はなく、それどころか武器すら握ったことがない。以前の授業で彼に合う武器を二人で探り合っていたが、ほとんど目を合わせてくれなかったのが深く印象に残っている。背丈は大きくない。うなだれて縮こまっているせいか、その姿が余計に小さく見えた。


「こんな夜遅くにどうした? もう消灯の時間は過ぎているぞ。アレク」


 彼はあっ、と声をあげてこちらを見上げた。


「すみません。すぐ戻ります」


「いや、いい」


 クラトスはアレクの横に腰掛けた。


「眠れないのか?」


 はい、と一言呟くように言ってからまた俯き口を閉ざした。


「何か悩んでいるのか?」


 彼は口を開かない。二人の間に静けさが走る。こういう時どんな言葉をかけたらいいのだろう。彼が積極的な性格ではないことは知っている。こっちから話さないときっと口を開けてくれないだろう。呼び止めてしまったことを少し後悔した。

 しばらくしてアレクが顔を上げた。


「課外授業はボラ村の復興って先生、言ってましたよね?」


 あぁ、とクラトスは頷いた。

 するとアレクはやっぱりか、と言いたげな深いため息をついた。


「実は僕、ボラ村出身なんです」


「あぁ、だからか」


「え?」


「いや、こっちの話だ」


 だからあの時大きく動揺していたんだな——これでやっと腑に落ちる。


「心配か?」


 アレクは頷いて、またそのまま項垂うなだれてしまった。相当まいってるな。 慰めの一つでもかけてやるか。


「これはあくまで俺の憶測だが、学校に支援を求めるくらいだからそこまでの被害はないと思うぞ。ましてや入学して間もない生徒達と新米の教師だ。本当に酷いなら騎士団に頼むだろう」


 事実、甚大な被害なら我々に声はかからないはずだ。


「確かに......言われてみればそうですよね」


 アレクは微苦笑を浮かべた。


「一つ聞いてもいいか?」


「なんでしょう?」


「お前はなんで修道院に来た?」


 えっ? と、アレクは眉を下げ、怯えた様子クラトスを見つめる。


「特に深い意味はない。ただ気になっただけでな。別に答えによって怒ったりも蔑ろにしたりするつもりもない」


 アレクはしばらく黙り、意を決したように口を開いた。


「僕自身、ここに来たくて来たわけじゃないんです。騎士になりたくない。言ってしまえば剣も握りたくない」


 クラトスは静かに彼の言葉を聞く。


「ボラ村って貧しい村なんです。放牧してる牛を街へ売って生計を立てていて......。だけど最近、国からの税が高くなって、より一層生活が厳しくなったんです」


 アレクはどこか遠くを眺めている。松明の火がパチッと破裂する。明かりが揺れる横顔を見つめた。


「牛だけじゃ生活が厳しい。そうなったら他の収入を得ないといけない。そうなると村の若い者が外でお金を稼がないといけない。先のことを考えて修道院で学んだ方が職がたくさんあるので入学したんです」


「そうか、それで。しかし、なんでまたアレクが? こう言っちゃあなんだが、他の若い連中もいただろ?」


「長男だったり、力のある人は家の仕事をするんです。そうすれば少なからず収入が減るって事はないでしょう? だから家を離れることができないんですよ」


 そうか、とクラトスは吐息混じりに答えた。


「だから長男でもなければ、力もない僕が修道院に行くことになったんです。ここで勉強すれば力はなくても、頭でどうにかお金を稼ぐことができるんじゃないかって。入学する為に村中のありったけのお金を集めてなんとか」


 アレクは乾いた笑いをする。


「僕はなんの取り柄もないんです。むしろ他の人よりも劣っている。フルート様やベル様、それに他の人たちとは違う」


「辛いか?」


「え?」


 また口を閉ざす。しかし、先ほどに比べれて開くのは早かった。


「正直言うと......辛いです。だけど、ここでへこたれていたら村に見せる顔がない。だから頑張らないと。皆んなの為にも」


 グッと拳を握りしめる。


「そうか」


 アレクは静かに彼を見つめた。何を言われるのだろうか、と少し不安そうな顔をしている。


「お前は強いな」


 アレクは瞬きをした。


「僕が......ですか?」


 あぁ、とクラトスは深く頷いた。


「確かにアレクの言う通り、フルート達のように武器を握ったことをなければ、背も大きくない。なんなら勉強も劣っているかもしれない。だが、そんな奴らにも負けてないのがある。それはここだ」


 クラトスはトン、とアレクの胸を小突いた。


「誰にも負けない心。村のみんなからの想いを背負ってここに来ている」


「でも、それだけじゃあ何も変わらな——」


「いいや、変わるさ」


 彼の言葉に被せるようにクラトスは言う。


「才能のある奴がいてもそれを活かすか殺すかはそいつ次第。しかし才能はなくても努力をすれば一人前の騎士にはなれる」


 それに、と彼は続けた。


「お前は何も才能がないと思い込んでいるが、俺はそうだとは思わない。課外授業が終わったら少し俺に付き合え」


「分かりました」


 小突かれたところをかみしめるように抑えている。さっきよりも顔色がよくなったように見える。


「嬉しいです。そこまで言ってくれるなんて。僕、先生のこと誤解してました」


「誤解?」


「はい。もっと怖い人かと思ってました。最初の授業でイグニール様とやり合った時はもうビックリしましたよ」


 ははは、と彼は笑った。


「あれはだな……ついうっかり」


 バツの悪そうに頭を掻く。


「うっかりであそこまで言えるのは凄いですよ」


 でも、と彼は続ける。


「あの時先生が言ってくれたおかげで、正直僕もスッキリしました。ありがとうございます」


「なにかあったら俺に言え。特別な贔屓はできないが、できるだけ力になろう」


 はい、と言って彼は立ち上がった。


「では先生、おやすみなさい」


「おやすみ」


 アレクは後ろを向いて立ち去る。その姿は少し背が高いように見えた。

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