第8話


 夜の静けさに包まれた修練場に来る。松明がほんのりとクラトスを照らす。側に置いてある木刀をとって、かかしに向かって剣を振るった。

 なにやら後ろの柱の影から気配を感じる。柱に顔を向けた。隠れていた人影がこちらに寄ってくる。


「誰だ?」


 ギロッと睨む。松明の火が揺れて体の一部が照らされた。どうやら女性ののようだ。


「ベルです。ベル・二コラ。そんな怖い顔しないで」


 ふふふ、と長いまつげに大きな目を細くして彼女は笑った。王国三大家の一つ、ニコラ家。そのお嬢様だ。


「あぁ、すまない。そんなつもりじゃ」


 クラトスは頭の後ろをかいた。


「......ずっと見てたのか?」


「ちょっとだけ」


彼女は望遠鏡でも見る様に親指と人差し指の隙間を少し開けた。


「こんな夜更けに剣の鍛錬ですか?」


「あぁ」


 彼は頷いた。


「へぇ。夜じゃなくて、日が出ている時になさったりした方が鍛錬しやすいのではなくて? 松明だけだと見えにくいし、怪我しやすいと思うのですけど」


「それもそうだが。たとえ見えにくくても、周りに気を使わずに存分に剣を振るえから今の時間の方がいいんだ」


 ふーん、とベルは鼻を鳴らした。

 それに対してクラトスは、なんだ、と怪訝な顔をした。


「ちゃんと鍛錬するんですね。ビックリです」


「そりゃあもちろんするだろ」


 バカにしてんのか──彼はムッとした。


「他の先生は鍛錬なんてしてませんよ。少なからずクラトス先生みたいに熱心にはしてません」


 何回かここで鍛錬しているが、彼女の言う通り他の教師と出会でくわした事がない。


「そっちの方がいい。周りに気をつかわなくていいから楽なんだよ。思う存分、鍛えることができる」


 それに、妬みや嫌味を言われることもない。それが彼にとって一番の大きな理由だ。

 へぇ、とベルは頷く。


「修道院に来る前から夜に鍛錬を?」


「あぁ、そうだ」


 揺れる明かりに所々照らされる彼女の顔を見つめる。


「訓練の時間は不安な気持ちを忘れることができるから好きだ。一心に自分と、剣に向き合えば、嫌な事も、不安なことも全部忘れさせてくれる。それに、少しでも怠るとお前たちに追い抜かされそうな気がしてな」


 彼は苦笑した。

 へぇ、とベルは頷く。


「凄いです。私達と同じ年だなんて信じられない」


「20の若造には見えないってよく言われる。まぁ、俺は周りと違って少し特殊だろうから。違く見えるんだろうよ」


「特殊?」


「あぁ、その話はまた今度二人になった時にしてやる」


「本当? じゃあ明日も来ちゃおうかな」


「明日も?」


「嘘。冗談です。邪魔ばっかりしちゃ悪いでしょう」


 ベルはイタズラっぽく微笑んだ。


「やっぱり思ってた通り、先生優しいです。鍛錬の邪魔してしまったのに嫌な顔一つしないんですもの。普通、集中していたらムッとするでしょう?」


 そう言われて初めて自分も気付く。ベルの言う通り邪魔されたらかなり不快な気持ちになる。が、なぜか彼女にはならなかった。


「けど、先生って不器用ですよね。あの時せっかく皆んなと仲良くなるチャンスだったのに、イグニール君にあんな事を言っちゃうんですもの。色々と損してますよ」


 教師初日の自己紹介の所か──チクリと胸が痛む。


「小さい頃から人と話すのは苦手なんだ。何を話せばいいか、どうすれば仲良くなるのかが分からない。それに......」


「それに?」


 ベルは顔を覗かせてくる。


「いや、なんでもない。今日は喋りすぎたな」


「えぇ」


 そんないことないですよ、とベルは不満気な表情になった。

 うーん、と彼女は何かを考えている。

 少しの間があって口を開いた。


「じゃあ、先生。私がお教えしますわ」


「教えるって何を?」


 クラトスは困った顔で言う。


「うーん、友達の作り方? 人と仲良くなる方法? っていうのをです」


「それは頼もしいな」


 彼はフッと笑った。


 はい、と彼女は大きく自信あり気に体を反らす。


「でも、今日教えるのは辞めておきます。もう遅いですから」


「あぁ、もう寝るといい」


「貴重な時間をありがとうございます。先生も明日寝坊しないように」


 ベルはニコッと笑う。


「それじゃあ、おやすみなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る