第7話

 奴は一体何者なんだ──フルートは今日の決闘を思い出す。幼い頃から剣の鍛錬は毎日と言っていいほど欠かさずしてきた。周りと比べても自分は秀でていると自負している。

 勝てはしなくとも互角に立ち会える、とおごってた部分があった。その考えを改めなくては、とフルートはため息をついた。

 コンコンとドアが鳴った。彼はいぶかし気な顔をして見つめる。


「入れ」


 失礼します──と大柄な漢が扉をくぐって入ってきた。色黒で頬に傷がついてる。顔を固くしていつも斜め後ろをピッタリとついてくる。そのせいで周りの生徒から遠慮なくされる事も珍しくはない。大したものではないが悩みの一つである。


「プロテジアか。消灯の時間は過ぎているはずだ。なんの用だ?」


「今日クラトス殿と決闘をなさった際に、もしもお気に病んでいたのでしたらと思いまして」


「なんだ、そんな事で来たのかお前は」


 フルートは苦笑した。


「安心しろ。気に病んでなどいない。しかし」


 今度はじっくりと色黒の顔を見つめる。


「本当に心配している顔か?」


「心配している顔とは?」


 プロテジアの表情が変わることはない。キョトンとしたり、少し首をかしげるとかあるだろうが。胸の中で小さく舌打ちをした。


「もっと、こう......眉を寄せてみたり、シュンとする様にしてみたり」


 はぁ、とプロテジアは言う。何も分かっていなさそうだ。


「あのなぁ。いつもそんな仏頂面をしているお前がいつも隣にいるから、他の生徒が僕に話かけられないだろうが」


「それは、貴方様が王子だから皆謙遜しているだけでは?」


「いいや。そんな事はない。第一、僕に話しかけてきてくれた......名は......アレクだったか。そいつに睨みを効かせて追い払っただろ」


「はて......そうでしたかな?」


「お前なぁ」


 とぼけて言っているわけじゃない。だから尚のこと質が悪い。矯正するのは気が折れる。フルートは大きく溜息をついた。


「まぁいい」


 それより、と彼は続けた。


「先生は一体何者なんだ? お前、何か知っているか?」


「いえ、なにも」


 そうか、とフルートは腕を組んで考える。


「あいつは只者じゃない。全くと言っていいほど勝負にならなかった。僕の剣を、まるで子供をあやすかのようにさばいたんだ」


 クラトスに培ってきたものを全てぶつけたが手応えを感じなかった。彼の底が掴めなくて不気味に感じる。

 本当に同じ年かなのか? 技量もそうだが、顔つき、立ち振る舞いと20の若者には見えない。もっと何か尖っている何かがあって、でも初々しさがあるはずなのにそれを感じない。


「何か耳にしたら僕に伝えてくれ。頼んだぞ」


「かしこまりました」


「さて」


 フルートはベッドにドサッと座った。


「今日はもう疲れた。部屋に戻れ」


「はい、おやすみなさい」


 では、とプロテジアは深くお辞儀をした後ソッとドアを閉めた。


 フルートは深い溜息に任せるように横になる。


「クラトス・デスフィリアか......」


 天井に彼の顔を思い浮かべて考える。分からない事だらけだが、その中でどうにか分かったことが2つある。

 一つはそれは彼の底知れぬ強さだ。剣は嘘を付かない。いくら隠そうとしても、それまでに積み重なって来たものを完全に隠し切れない。それは今日の決闘で嫌になるくらい手先で感じた。剣から伝わる振動。一点に集中してそこから波の様に手が痺れる。強者が与える特有の振動だ。

 そしてもう一つはクラトスの出自についてだ。この国の人間ではない。しかもただならぬ強さ。大まかな予想はできるが、確信となるような情報がない。であればそれは憶測の域を出ない。時間はある。ゆっくり奴を探っていこうじゃないか。

 それに僕自身、もっと強くならなくては——国の外には彼のように強い者たちがきっと多いだろう。慢心してはいけない。強欲に、力を求めて。

 フルートはそのまま眠りについた。










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