第5話
静まり返る教室。女子生徒達の怯えた目と冷ややな視線が痛い。
そんな目で俺を見るな──これ以上何か言えば言うほど面倒なことになりそうなので胸の内にとどめておく。
冷え切った目線を振り切って授業を始める。
「では二十三ページを開いて──」
「ガッハッハ! 早速やらかしてるではないか!」
夜、食堂にてたまたまアイネイと鉢合わせた。
大皿にパンや肉をてんこ盛りに乗せている。野菜は食べないのかと聞くと、野菜では腹は膨れぬと突っぱねられた。
「しかし、イグニールにそのような口を聞けるのは貴公くらいだぞ」
「そうなのか?」
「あぁ。なにせナサ家の息子だからな。この国の人間なら言えない。言えば何されるか分からないからなぁ」
アイネイは辺りをキョロキョロ見渡してクラトスに顔を近づけた。
「ここだけの話なんだがな。貴公がくる前に別の人間が金獅子学級を受け持っていたんだ」
「へぇ。それで?」
「そやつもイグニールに態度を注意した事があったみたいでな......」
彼は勿体ぶるようにして話す。気になって仕方がない俺をからかっているのか?──疼く気持ちを抑えて続きを促す。
「......それでどうなったんだ?」
「イグニールはそれに逆上して嫌がらせを続けたんだよ。......というよりイジメに近いな。それで彼は夜逃げしてな。困り果ててた時に貴公を連れてきて今に至る」
けど、とアイネイは続けた。
「貴公がガツンと言ってくれるやつでよかったぞ」
「それはどうも」
「もし嫌がらせかなんかされたら言ってくれ。こちらで何かしら対処するようにしよう」
「あぁ」
「まだまだこの国には問題が山積みでな。今も統一前の名残が色濃く残っている。例えば旧三カ国でいがみ合っているとかな」
アイネイは続ける。
「それに、騎士団もまだ設立されたばかり。統率はおろか、伝達が漏れることもしばしば」
はぁ、大きくため息をついた。肘をつき、顎を乗せる
「大人がこれだもん、若者を教育するのは骨が折れるだろうよ」
憐れむような顔でクラトスを見つめた。
長く続けば、風習や文化は大樹のように根付く。それをすぐに変え、新たに根付かせるのは難しい。
「仕方がない」
アイネイは苦そうな表情で首を縦に振った。
「騎士の端くれであった貴公も分かってくれるか」
「俺が騎士だったって言っていたか?」
「カヤ国で異名がついているのだ、騎士をしていたことくらい分かる」
確かにそれもそうだ──クラトスは冷えきった茶を一口飲んだ。
「しかし、よくその態度で騎士が務まったな」
「あぁ。おかげで人望なんてものはなかったがな」
「だろうな」
アイネイは苦笑する。
「だが、一人であの国を脱することなんて難しい気がするが」
「一応協力してくれた奴がいたから。それがなかったら今頃は......」
それ以上は言葉が出なかった。なんだか言ってはいけないような気がしたからだ。
今振り返ると唯一そいつには心を許していたかもしれない。
「なんにせよ。生かされたその命は大切にするんだな」
「あぁ」
「さて、そろそろ部屋に戻るとしよう」
空になった互いの器を洗い場へ置き、部屋にそれぞれ部屋に戻った。
少しの鍛錬をした後、湯殿へ体を洗い流し、気分爽快にベッドへ飛び込む。沈み込む感覚が心地いい。
「イグニール......か......」
初日から大きな問題を抱えて頭が痛い。受け持った生徒となれば無視することなんてできないだろう。
それを見た他の生徒達とも距離が離れてしまった事を肌で感じた。引いてるあの顔が心に刺さる。
──まずは仲良くなることからだろうか。でもどうやって?
それが分かっていたら故郷でも対人関係には苦労していない。けど、一つだけ分かる事は『
上の立場の人間が下手にでたら立場があやふやになり、いつのまにか逆転している。なんてことなるのが定石だ。『仲が良い』と『舐められている』は全然違う。それを勘違いして目も当てらないのを故郷で見てきたからこれだけは分かる。
「時間が経てば解決するか」
結局、納得のいく答えが見つからないまま投げやりなものになってしまった。以上考えても最適な答えが出ないのは明白だ。
クラトスは枕に顔を
そのまま眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます