恐るべき最終課題

Q: 桜崎美代子は嵌められて、盗聴されて、それをマスコミに流されてもいい。ありもしない事実を報道されて、職を失ってもいい。


 桜崎の中で何かがぷつりと音を立てた。心山むねやまは相変わらずにやけながら、うさぎのぬいぐるみを揺らしている。


「うわぁぁぁぁぁー」


 腹からの叫び声をあげて、桜崎はうさぎのぬいぐるみを奪い取ると、思いっきり心山むねやまに向かって投げつけた。そして机を蹴飛ばし、ひっくり返した。


「おい! ふざけんなよ、あんたもあいつらと同じだ、そうやって私を馬鹿にして、どうせ週刊誌に売りつけて儲けるつもりなんだろ! 二度とこんなところに来るか!」


 達川も怯えながら立ち上がると、桜崎の後を追った。心山むねやまは出口まで追いかけて声をかけた。


「桜崎さん、これだけ教えてください。あなたのお父様はあなたを認めてくれましたか?」


 桜崎は一度立ち止まり、振り返ると鬼の形相を浮かべ、きっと睨みつけた。

 それから何も言わずに立ち去った。自動ドアは、桜崎が蹴ったせいで故障しており、全力で桜崎が手で開けた。その後、達川も急いで桜崎を追いかけるように去っていった。自動ドアがういーん、ういーん、と閉じようとしているが、閉じられない音を立てていた。


「あーあ、またやっちゃいましたね」

「でもさ、今回は私のせいじゃないよね。だって勝手に見たんだもん」

「そもそも置かなければよかったじゃないですか」


 心山むねやまは頭をぽりぽりと掻いた。


「そっか。君頭いいね」


 三浦はふうとため息をついた。


「どうすんですか、もうさすがに来ないでしょうね、2回も怒らせたら」

「だろうね」


 だろうねじゃないですよ、と言いながら三浦は天を仰いだ。


「お客さんいなくなっちゃったから、私また掃除しますね」

「よろ」


 三浦は再び壁紙のつぎはぎや、ほつれたソファの糸を縫ったりし始めた。部屋を一通り見回し、やるべき補修が済んだ後、三浦はドアを見た。先ほどから閉まりたいのに閉まれないドアはやがて閉まることを諦め、硬直していた。

 三浦がそれに気づいてちょうど自動ドアのスイッチを切ろうとしたときだった。


「あ、雨」

 

 天気予報では夕方から雨だったことを思い出した。それと同時に、この雨の中先ほど飛び出していった桜崎美代子のことを思い出していた。そしてスマホのwikipediaを覗いてみた。

 幼い頃から英才教育を受けていた桜崎美代子。親の七光りなどなく、実力で今の地位を勝ち取り、周りからの信頼も厚かった。しかしある日週刊誌の報道で、部下に暴力をふるっていたことや、暴言を吐いていたことの録音が報道され、その内容が表沙汰になった。そのせいで桜崎は政界を去らざるをえなかった。


(私、よく知らないから、なんか怖い人なんかなって思ってたけど、先生は何かわかってるのかな……)


 その時、ぷるるるると電話の音が鳴った。

 急いで三浦が出ると、男の声がした。


「すみません、達川です。お願いがあるんです」

「どうしました?」

「あの……もし良ければ、ここに先生をお連れしてもらえませんか」


 三浦は心山むねやまをちらっとみた。相変わらずじっとおばけえびを見ている。


「少々お待ちください」と言って三浦は受話器を塞いだ。


「せんせー、桜崎さんのところ行けますか?」

「なんで?」

「なんか来て欲しいって。いいですよね、どうせ暇なんだから」


 心山むねやまは柿の種をぽりぽり言わせた。


「いーよー」

「あ、もしもし。良いみたいです。場所を詳しく教えてください……はい」



 公園のベンチは大きな屋根で雨から守られていた。桜崎は降り頻る雨音を聞きながら、ベンチに座っていた。達川はどうしていいかわからず、後ろに立ち尽くしていた。

 心山むねやまが後ろからその様子を見つけると、桜崎が座るベンチの横に腰掛けた。思わず桜崎が離れるようにお尻でずれた。少し心山むねやまが寄ると、また桜崎は少し逃げた。


「何か私にお聞きしたいことがあると伺いましたが」


 桜崎はじっと、水溜りに落ちる不規則な雨粒を見つめていた。


「あなた、何で——」

「はい?」

「なんで、分かったの、父の話。誰にも話したことないのに」

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