二日目

 三浦は百円ショップで買ってきた、額縁付きの絵を壁に飾ろうとしていた。壁のシミがひどく印象が悪かったからだ。ふと部屋の隅をみると、どこからか雨漏りがあるのかカビが生えていた。


「せんせー、もっとお金稼いで壁紙張り替えましょうよ。それと雨漏り」


 心山むねやまはおばけえびを暖かい眼差しで見つめながら、柿の種をぽりぽり食べていた。


「まあそのうちね」


 もう、と言いながら三浦は求人情報誌を眺めていた。

 突如プルルルと、電話が鳴った。


「はい、あなたの心の悩みなんでも解決します。『心山むねやま愚痴外来』です」


 三浦は定型文を読み上げてから相手の声を聞き、思わず背筋が伸びた。


「はい、はい、今確認します」


 三浦は受話器を手でおさえると


「せんせー、桜崎さんが今から行って良いかって、どうします?」


 心山むねやまは視線をおばけえびから反らさずに答えた。


「どうぞー、どうせやることもないし」


 三浦がうなずくと


「はい、大丈夫です。ええ、時間は……」



 電話の一時間後、診察室に桜崎はいた。


「……」


 最初は誰も喋らなかった。心山むねやまと桜崎。そして達川と三浦。あの時のメンバーがあの場所に揃ったからだ。沈黙を破ったのは心山むねやまだった。


「ようこそまた来てくださいました。先日は失礼な発言、申し訳ありませんでした」


 心山むねやまは深々と頭を下げた。


「いいのよ、こちらもちょっと怒りすぎた」

「いえいえ、ただ少し言葉が足りなかったことをお詫び申し上げます。もうすでに治療が始まっていたのです」

「ええ、友人からそう聞いたわ。きっとあなたのやり方なんでしょうよ、って。さ、はやく進めてちょうだい」

「かしこまりました。では始めましょう、今日は簡単な質問に答えていただきます」


 心山むねやまはA4サイズの白い紙を机に置き、ペンを取り出した。


「あ、一つ言い忘れてました。約束して欲しいことがあります。今から私が言う質問に深い意味はありません。中には当然のこともあるかもしれません。それでも怒らないでください。私はこの場で私の思想を押し付けようとか、あなたの考えを改めようなどとは全く思っていません。ただ純粋に、まるで宇宙人やAIが質問しているような気持ちで答えてください」

「何よ、まるで私が簡単に怒る人みたいじゃない」

「いえいえ、これはみなさんにお伝えしていることです。もし桜崎さんがそれを忘れそうになったら、これを……」


 心山むねやまは机の下にあったうさぎのぬいぐるみを取り出した。そして首を横に傾けさせた。


「このうさぎちゃんが出てきます。その時は私の言葉を思い出してください。いいですね?」

「わかったわ」


 心山むねやまが頷くと、3枚のA4サイズの紙を取り出した。それぞれ1、2、3と書いてある


「今のあなたは……まだこんなもんかな」


 とそのうち1とかかれた紙を桜崎の方へ出した。


「どういうこと?」

「すみません、深い意味はありません。今のあなたではとてもこちらの2、3のは太刀打ちできません、ということです」


 桜崎が怪訝な表情を浮かべた。


「いや、まあいずれわかりますよ。まずこちらをどうぞ」


 A4サイズの紙には上から一つずつ質問が書いてあった。そしてその下にとてもあてはまるを10、全く当てはまらないを0のメモリがあり、自分がどの程度にあてはまるかに丸をつけるというものだった。


Q:私は頑張っている 10

Q:私はだれよりも頑張っている 9

Q:頑張っていない人は評価されなくてもいい 10

Q:頑張っている人を評価しなくてもいい 0

 ……

Q:部下は上司を馬鹿にしてもいい 


「何よこの質問、当てはまらないに決まってるでしょ。絶対ダメ、こういうやつほんとにダメ」


 桜崎は0を力強く、何度も大きく丸をした。

 全ての質問に答えたあと、心山むねやまがそれを確認した。そしてうんうん、と頷いた。

 その間、桜崎は気になることがあった。


「ねえ、そっちの紙には何が書いてあるの」

「いやー、まだ早いと思いますけどね、見てみます?」

「変なことが書いてあるわけ?」

「いや、変ではないですけど。見たければどうぞ」


 心山むねやまは視線を記入済みの紙に落とした。

 桜崎は少し考えてから裏返してあった2と書いてある紙を表にした。そして質問に目をやった。


「何よ、これ……」


 質問はこうだった。


Q: 桜崎美代子は馬鹿にされてもいい

Q: 桜崎美代子がやってきたことは全部他の人につぶされてもいい

Q: 桜崎美代子は怠け者だ


 読んでいくうちに、再び桜崎の顔が紅潮し始めた。


「何よ……あんた! ふざけんてんの、これ!?」


 すかさず心山むねやまがうさぎを取り出した。そして首をくんくんさせる。そして嬉しそうな笑みを浮かべた。桜崎はそれ以上何も言えず、息をはあはあさせた。それから、3と書いてあった一枚に目をやった。


「あ、桜崎さん。今のあなたは絶対にこれは見ない方がいい」


 桜崎はきっ、と刺すように睨みつけると、3と書いてある紙を奪い取った。そしてそれを表に返した。内容はこうだった。


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