愚痴外来
「先生、ご予約の桜崎美代子様ですが、あの人——」
「美代子? ああ、美代子は昨日亡くなった。朝起きたらぷかぷか浮かんでたよ。あの子は隅っこが好きだった——」
「違います! えびのことじゃありません、お客様です。予約の桜崎美代子様ですが」
三浦は息を整えた。
「元衆議院で元厚生労働官僚、文部科学大臣政務官、内閣府大臣政務官なども勤めていた方です! 最近テレビでもよく出ていますよ! なんでこんなところに……」
「へー、でも全部『元』『元』ばっかり。今は何してんの」
「先生、テレビ見てないんですか? 数年前、暴言が問題になってやめたんですよ。『このハゲ頭ぁー』ってやつ」
「ふーん、興味ないね。でも大切なお客様だからやっとくか。お入れして」
三浦は怪訝な表情で
(あのVIPだよ? なんでこんなに普通にしてられんのこの人)
首を傾げながら三浦が待合にいくと、達川が必死に頭を下げていた。桜崎が、……でしょ! と怒鳴っている声が聞こえた。
「お待たせしました。どうぞ」
桜崎は大きくため息をつくと、立ち上がった。そして
診察室という名はついているが、1人暮らしの1Kサイズの部屋に机と椅子がある殺風景な部屋だった。観葉植物が一つ置いてあり、壁は防音機能が備えられていた。
「先生、桜崎様をお連れしました」
「初めまして、
と言いながらよれよれのワイシャツにある胸ポケットに手を入れたが、何も見つからない。ズボンの右後ろポケット、左後ろポケットと手を突っ込むが結局は目当てのものは見つからない。達川がしびれを切らした。
「ええ、存じてますから結構です」
そうですか? というと
「まず初めに確認しなければならないことがあります。ここがどういうところかご存知ですね?」
「まあ、その……カウンセリングみたいなところでしょ?」
「ええ、でも私はカウンセラーでも何もありませんから、『カウンセリングです』と言うことはできませんが、何か悩みを抱えている方を助けることができます。通称『愚痴外来』」
「今の日本人は心にストレスを抱えてますからね、愚痴を聞いてあげるだけでも十分解決するのに、そのくせ精神科とか心療内科というものにひどい拒否感を覚えている。だから私は愚痴外来と名乗ってるんです。これなら別に……」
「あの……」
達川が遮った。
「申し訳ないのですが、時間が限られておりまして、本題に入っていただければと思うのですが」
これは失礼、と
「今日はどういったご用件で」
「桜崎様ですが、ひょっとしたらテレビやマスコミでご存知かもしれませんが……」
「あのーー!」
「私、桜崎さんに聞いてるんですけど」
重い空気が流れた。達川が
「いいわ、全部話す。あなたも私のことは知ってるでしょ」
桜崎がサングラスを取ると、一時期毎日テレビで見ない日は無かったあの桜崎美代子の顔が姿を現した。三浦の心拍数が上がった。
(やっぱりそうだ、元衆議院議員の)
「もう、ほんっとに許せない。盗聴した奴もそうだし、それを悪女みたいに仕立て上げたマスコミも全部! あの一件のせいで私は衆議院を辞めさせられたのよ!」
桜崎の表情は瞬間湯沸かし器状態で、頭から湯気が見えそうだった。顔を紅潮させ、手は震えていた。
「へえ、そんなことがあったんですか」
「あなた、本当に知らないの? のんきな人ね」
「ええ。そのマスコミは悪いですね。この世から全てのマスコミが消えてくれればいいですね」
「全て消える必要はないのよ。一部のふざけた連中がいるってことよ」
「部下が盗聴? してたんですか。そんなやつ死んでしまえばいいのに」
「そんなこと思ってないわ。ただなんであんなやつにやられて、私の大事なポジションを失うことになるのか、納得が行かないわ」
「頑張ってきたことが台無しですね」
「そんなことはどうでもいいわ。また他のことで頑張ればいいもの」
「このもやもやを抱えてたら、とある人にあなたのことを聞いたの。とりあえず行ってみたら、って。なんとかしてくれるんでしょ?」
「もちろん。『愚痴外来』はあなたの心の悩みを全て解決します。しかし、それなりの報酬もいただきますよ」
桜崎はちらっと達川をみた。達川がうなずいてから、
「ご提示いただいた報酬は確認しました。ただ条件があります」
「ええ、なんなりと」
「桜崎様が満足されたら、ということでございます」
「もちろんどうぞ。満足いただけなければお金は一銭もいただきません」
三浦は部屋の隅で、眉にシワを寄せた。
(もう、これじゃ私の給料今月もでないじゃん……お金もらってよ)
「ただ私からも条件があります。これが桜崎さんにとって最初でかつ最大の越えるべき山になるでしょう。そして多分これは予想ですが……」
「桜崎さんがこれを聞いたら多分怒ってこの場を去ると思います」
淡々と発せられた言葉を理解するまでにその場にいた者全ては時間を要した。さすがの桜崎も黙り、その言葉を待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます