第4話 俺はド変態な彼女を罵ることにした…

 七星浩紀ななほし/ひろきは彼女のためになることをしたかった。


 でも、できる限りのことだけである。


 流石にできないことは、やるつもりはないけど。

 困っているなら助けてあげたい。


 彩佳は委員長であり、浩紀は昔から世話になっていたこともある。


 何かしらの形で恩返しをしたい。

 が、彼女は優秀であり、非の打ちどころがないのだ。


 ゆえに、なんのお返しもできていなかった。


 彼女に唯一できることは、多分、彼女をリラックスさせる事。


 あまり無下にはしたくないという思いもあり、放課後を迎えた浩紀は、柚木彩佳ゆずき/あやかの家にやってきていた。




「これでいいの?」

「うん」


 部屋にいる彩佳は頷いた。

 四つん這いの状態で――


「では、今から外に」

「いや、それは無理だから」


 四つん這いの彩佳はペットのような首輪をつけ、散歩してほしいと言ってきた。


 できないことはできない。


 彼女が、それを求めていたとしても、できない提案である。


「別のこととかは?」

「えー」


 彼女は不満そうである。


「でもな……じゃあ、家の中を歩くとかは?」

「しょうがないね。それでもいいよ」


 彩佳は犬のように悲し気なトーンで残念がっている。


 彼女は変態だ。


 学校にいる人らは、クラス委員長の彼女がここまで変態だとは思ってもみないだろう。


 これからも隠さなければいけない事案である。


 そんなことを思い、浩紀は首輪をつけた彩佳をペットのようにして、彼女の家の中を歩き始めることにしたのだった。






 彩佳がリラックスしてくれればいい。

 そんなことを思い、浩紀は今、彼女家の二階廊下で彼女を散歩させていた。


 彼女の両親はまだ帰ってきていない。

 普段から帰宅時間帯が遅めのようだ。


 しかしながら、彼女とこうして、ペットと飼い主の関係で散歩みたいなことをさせることに多少の抵抗がある。


 誰かに見られたらと思うと、心底、ヒヤヒヤするのだ。

 家の中だから、大丈夫だとは思うけど。

 周りのことが気になってしょうがなかった。


「えっと、こういうのどれくらい続ければいいの?」

「あと、もう少し」

「もう少しって?」

「十五分くらいかな?」


 四つん這いのまま歩いている彼女は、普通のテンションだ。


「十五分も⁉」

「うん。ダメ?」


 彩佳は今のままの時間を楽しんでいる。


「ダメとか、そういうのじゃないけど……」

「ねえ、浩紀君は楽しい?」


 突然、彼女は話題を振ってきた。


「楽しいっていうか。よくわからないけど。なんか、気まずいというか……」


 返答に困る。

 今、疚しい感情の方が勝っていた。


 彼女が喜んでいるならいいのだが、そう言ったことを質問しないでほしい。


「私はね。浩紀君から、こんなことをされて幸せなの」


 彩佳は冗談とか、そういうのではなく本気で言っている。


 でも、彼女のストレスの軽減に繋がるのなら、こういうことを続けた方がいい。


 少々緊張ありげに手を震わせつつも、浩紀は散歩を続ける。


 そして、階段のところに到着したのだ。


 彼女は階段のところに座った。




「もっと、罵ってほしいの」

「え?」


 浩紀はドキッとした。


 彩佳は階段のところに座っている。

 彼女は本気だ。

 そんな瞳をしていた。


 さすがに、そんなことはできない。


 階段に座っている彩佳は、浩紀の方をまじまじと見、欲求不満そうな瞳を見せている。


 色々な思いが入り混じった、真剣な表情だ。


「でも、そういうのは……」

「私をペットのように、本格的に罵ってもいいのに」


 彩佳はその場に立ち上がる。


「じゃあ、少し場所を変える? ね、一階に行こ」

「なんで? 一階はヤバいんじゃ」

「でも、まだ、両親は帰ってこないよ」


 彼女は堂々とした立ち振る舞い。


「だったらいいけど……いや、よくない気しかしないけど」


 彩佳は首輪をつけたまま、一階へと下がっていく。


「あ、ちょっと待って」


 浩紀も階段を下り、追いかけていく。

 そして、彼女と共に一階へと到着した。


「じゃあ、ここで」

「罵れってこと?」

「うん」


 彩佳は笑みを見せた。


 ここのリビングは、彼女ら家族が普段から食事をしているところだ。


 そんなところで、如何わしいことをやるなんてと思う。


 でも、彼女のためになるなら……。


 少々心に痛みを感じつつも、浩紀は決心を固めた。




「じゃあ……犬、お手」

「そういうのはダメだよ」

「だよね。酷いことはよくないよな」

「そうじゃなくて。もっと、罵ってよ」

「え、本格的に?」

「そうだよ」


 彩佳はリビングの床で四つん這いになりながら、犬のように息を荒くしていた。


 だとしても、彼女は完璧な美少女。

 どこにも非の打ちどころがないのだ。

 そんな子を本格的に罵倒するなんて出来っこなかった。


 えっと……。

 浩紀は口ごもってしまう。




 真面目な彼女に対して、おかしい発言を連発していた。


「……変態だな……」


 自分からしたら、酷いセリフ。


「少し弱いかな」


 四つん這いの彩佳は首を傾げていた。

 満足していない様子だ。


「もっと?」

「うん」

「どんな感じがいいの?」

「それは、浩紀君のオリジナルに任せるよ」


 彼女はエッチな目になっている。

 四つん這いの態勢の彩佳は、本当の犬のように、それを求めている。


 罵倒するだけでも難しい。


 なんて言うのが正解なんだろうか?


 浩紀は心に俯瞰を感じつつ、悩む。


 他人を罵るとか、そういう経験のない浩紀にとっては最難関であった。


「でも、やっぱ、批判のしようがないんだけどな」

「じゃあ、私の悪いところを見つけてみたら?」

「そういうのは、よくない気が」


 人の悪いところを積極的に探る?


 いや、それは人としてどうなのか。


「私、浩紀君なら言われたいの」


 彩佳は本格的に求めてきていた。


 一度は罵倒しようとしたが、いざやってみようとすると、心が痛んでくる。


 やりたくなんだけど……。


 でも、普段から一人で抱え込みすぎな彼女を助けたいとも思う。


 そんな感情に揺さぶられている感じであった。


「じゃあ、次までの課題にしようかな」

「課題?」

「うん。私の悪いところを見つけて、それを言うってこと」


 彩佳からの難課題であった。


 立派な美少女を罵るとか、ハードルが高い。


 なんていう罵り方をすればいいんだよ。


 本当にやれるのか……?


 浩紀はどぎまぎしていた。


「じゃ、一緒に座ろ、浩紀君」


 その場に立ち上がった彼女から誘われる。


 浩紀はひとまず、首輪をつけた彼女と一緒にソファに座るのだった。

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