第3話 俺は彼女のために、何かをしたい

 七星浩紀ななほし/ひろきは学校にいた。


 日付は変わり、翌日になったわけだが、昨日の一件以来、気まずい事情を抱えていたのだ。


 今のところは授業中。

 隣の席には彼女がいる。


 辺りにいるクラスメイトらは静かな感じであり、黒板前にいる先生の声だけが響いていた。


 一見、普段となんら変わりの無い日常である。


 クラス委員長である柚木彩佳ゆずき/あやかも真面目に授業を受けていた。


 そんな彼女とは今日、まだ会話していない。


 今朝。学校に来た頃合い、彩佳は担任教師から委員長としての業務を与えられていたからだ。


 会話しない時間が続けば続くほど、心に距離を感じてしまう。


 昨日、強引に彩佳のことを振りきって、彼女の家から出ていってしまった。


 教室内では隣同士であり、余計に気まずい雰囲気に包まれているようだ。


 授業が終わったら、なんて話せばいいんだろ……。

 普通の方がいいかな……。


 そんなことばかりが脳裏をよぎってしまう。


 彩佳の方から会話してくることもなかったことから、怒っているかもしれないし。

 ただ、気恥ずかしくて、距離を置かれているだけかもしれない。


 そこらへんがわからないからこそ、何を話題に、話しかければいいのか悩むところだ。


 授業が終わってほしいけど。

 休み時間になったら、それもそれで彼女との時間に気まずさを感じる。


 授業中、浩紀の脳内は煩くなっていた。






 授業が終わり。

 やっと、面倒な授業からは解放されたものの。

 また、浩紀のやるべきことは終わっていない。


 黒板に佇んでいた先生が教室から立ち去った後、次第に辺りが騒がしくなってくる。


 浩紀はチラッと、右隣の方を見やった。


 委員長の姿が視界に入る。

 柚木彩佳は自身の席に座り、淡々と自分の業務を行っていた。


 朝のHRの時、担任教師から色々と任されていたのだ。

 彼女なりにやることが多々あるのだろう。


 協力してあげたいけど。

 昨日のことが頭に浮かび、やはり、すぐには対応できそうもなかった。


 浩紀は机に広がったノートを片付けながら思う。


 でも、ずっと、距離感のあるままだとよくないよな……。


 浩紀はグッと、拳を握る。


 勇気づけるように、決心を固めた。


「えっと……あのさ」


 浩紀は咄嗟に話題を振る。


「……なに?」


 すると、意外にも一回目の問いかけで、彩佳は反応を返してくれた。


 彼女はチラッとした視線を浩紀へと向けてくる。


 彩佳も話してもいいよ的な顔つき。


 多分……このまま話を続けても大丈夫だよな。


 彩佳からの視線を受けつつ、浩紀も彼女へと体の正面を向けた。


「なんていうかさ。昨日は……勝手に帰ってごめん」


 向き合うようにして、二人は会話をする。


「いいよ。私も色々とよくなかったかもしれないし」


 意外とあっさりとした切り返し方。


 これは問題なさそうな感じなのだろうか?


 ふと、浩紀はそう思うのだった。




 意外にも彩佳はそこまで怒っている様子もない。


 意外と普通である。


 でも、一応、浩紀は彼女の様子を伺うことにした。


 しかし、意外にもことがトントン拍子に進んでいき、何を話せばいいか脳内に浮かばず、口ごもってしまう。


「どうしたの?」

「いや、俺の方も、いきなり帰ってごめん」

「いいよ。私も気にしていないから。でも、なんで、同じことを二回言ったの?」

「ごめん。なんでもないんだ。気にしないで」


 変な話し方になってしまったのを、誤魔化すように対応した。


 意外と彼女の様子が昨日とは違う。

 普通の話し方である。


 今、彩佳が普通の対応をしてくれるのなら、自分もしっかりとしないといけないと思う。


「それで、付き合うことに関してだけど」


 浩紀は話を進めた。


「うん。でも、そういう話は、別のところでもいい?」

「そこは彩佳さんに任せるけど」

「じゃあ、少し場所でも変えよっか」

「そうだね……でも……昼休みでもいい?」


 教室の時計を見れば、あともう少しで二時限目が始まる頃合い。


「じゃあ、後で?」


 彩佳は疑問口調で言う。


「うん。そうしよ」


 二人は簡単に会話を終わらせた。


 浩紀は自分の机へと視線を向けなおし、次の授業の準備をする。


 次の時間は特に移動教室でもなく。

 普通の授業である。


 でも、次の授業の先生は何かと面倒なのだ。

 少しでも変なことをしていれば叱ってくる。

 そんな先生の授業なのに、別の場所に行っている余裕などない。


「……」


 それにしても、彩佳がドMだというのは衝撃的。

 一日経った今でも、にわかに信じがたい。


 彩佳がMになった理由としては、気分転換だとか言っていた。

 が、気分転換くらいでMになるとか。よっぽどの事。

 彼女は委員長として一人で抱え込みすぎている。それが、一番体に負荷を与えているのだろう。


 そんな気がする。


 浩紀は次の授業の準備をしつつ、チラッと彩佳の方を見やっていた。


 彩佳は担任教師から渡された課題を淡々とこなしている。


 やはり、クラス委員長だからという理由で、一人で抱えすぎだ。


 手伝ってあげたいが、また断られてしまうかもしれない。


 今のところは様子を伺うことにした。






「彩佳さん。これもやっておいてね」

「はい」

「あとは、これもね」


 昼休みになった。

が、彩佳にはそこまで休みはない。


 浩紀が彼女と共に廊下を歩いていると、バッタリと担任教師と遭遇する。彩佳はクラス委員長として、色々な課題を押し付けられていた。


 大変そうだな……。


「じゃ、よろしくね」


 担任である女性教師は、気さくな感じに立ち去って行った。

 真面目な委員長だからと言って、なんでもかんでも押し付けすぎである。


「大丈夫? 手伝うよ?」

「いいよ。私一人でできるから」


 彩佳は頑なに断ろうとする。


 やはり、思った通りの反応が返ってくるのだ。


 彩佳はいつも一人。

 美少女な類なのに誰にも頼ることをせず、ただひたすらに一人で頑張っているのだ。


 そんな彼女を見ていると、不思議と放っておけなくなる。


 彩佳はドMだ。


 引いてしまうほどのドM体質な彼女だったとしても、一人の女の子なのである。


「やっぱり、助けになるよ。本当は大変なんでしょ?」

「……そうじゃないけど。手伝ってくれるの?」

「うん」


 浩紀はそう言った。


「じゃあ、少しくらいだったら」


 彩佳はちょっとばかし優しい口調になる。


 少しだけ、彼女のためになれたような気がした。


 たとえ、ドMだったとしても、美少女な彼女のためになることをしたい。


「でも、本当の意味で手伝いたいなら、私のことも可愛がってほしいかも……」

「そういうのは……まだ……」


 そこに関してはまだハードルが高いと思う。


 浩紀は流石に、うんと頷くことはできなかった。

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