第2話 俺の恋人は、ドMすぎるんだが…
浩紀は今まで、恋人なんてできた試しがなかったのだ。
ゆえに、気分が紅潮している。
彩佳とデートできることに期待を膨らませていた。
最後の授業が終わるなり、すぐに片付ける。
その日の放課後。
学校を後にした浩紀は、彩佳の家に向かうことになった。
一体、どんな場所なんだろうかとワクワクしていたのである。
「えっと……こ、これは……」
柚木彩佳の家は綺麗な方である。
今のところ、両親は帰っては来ていないみたいだが、そこで彼女は誰にも見られてはいけない格好になっていたのだ。
「ねえ、浩紀君、もっと、私の事、罵ってもいいからね♡」
「え……でも」
今、彩佳の自室にいる浩紀は、さすがに引いていた。
クラス委員長で美少女な彼女――
そんな彼女が、学校外では変態そのものになっていたのだ。
浩紀は今、自身の視界に映っている彼女が本当に彩佳なのかと疑ってしまう。
確かに彩佳は、付き合う前にMだとは言っていた。
でも、ここまで変態的なM。いわゆるドMだとは思ってもみなかった。
数時間前のお昼時へ記憶をリセットしたいとさえ思う。
彩佳のことは嫌いじゃないけど。
でも、ギャップがありすぎて、それが浩紀の頭を悩ませていた。
「私、もっと、浩紀から罵ってほしいの」
「そんなことを言われても……」
正直、なんて対応をすればいいのかわからないのだ。
「でも、こういうのやってくれる人、浩紀君くらいしかいないから」
「だ、だとしても……」
初めてできた恋人がまさかのドM。
衝撃的すぎる。
ドMな彼女は今、ペットのように四つん這いになっていた。
しかも、制服姿のまま首輪までつけている。
こんなはずじゃ……。
浩紀は今、そんなペットな彩佳の首についているリードを手にし、飼い主のように、その場に佇んでいた。
このまま、散歩にも行ける状況。
浩紀はそんな彩佳を再び見やる。
彩佳はペットのように少々息を荒くしており、いたぶられるのも待ち望んでいるかのようだ。
こんな状況ありなのか?
でも、ここで別れるというセリフも伝えづらい。
「浩紀君に、もっと強めの口調で罵倒してほしいから。なんでもいいよ。迷わなくてもいいし」
「お、俺、そういうのしたことないから」
遠回しに断ろうとする。
「そんなことを言わずに。私、浩紀君の罵倒が聞きたいの」
彩佳は本気である。
普段の委員長とはわけが違った。
いつもなら、礼儀正しく振る舞っている彼女。
今ではペットのように、はしたない態度を見せているのだ。
こんなところ、他の人に見せてしまったら、委員長のイメージが崩れてしまうのは明白である。
「俺は、付き合いたいだけなんだけど……」
「付き合ってるじゃん」
「そういうのじゃなくて。俺は普通に……」
Mとは聞いてはいたが、ここまで酷いM体質だとは想定していない。
普通でかつ、美少女な彼女ができたと思っていたのに、大きなショックを受けてしまうのだった。
「でも、どうして、こんなことをするようになったの?」
「それは、色々あって」
彩佳は四つん這いなままで言う。
「……こういうのは、普通に話したいから。俺の隣に座ってくれる?」
彩佳の部屋の床に立っていた浩紀は、正座するようにしゃがんだ。
「どうして? 私は、浩紀君からペットとして扱われて罵られたいの」
「俺の方がどうにかなってしまいそうだから……」
浩紀は自分の意見を言った。
「……わかったわ。君がそういうなら」
彩佳はしょうがないといった感じに、その場で態勢を整え、浩紀の隣に座ってくれた。
どういったら、自らペットになりたいといった思考回路になるのだろうか?
そんな疑問を抱きながら浩紀は、彼女からの問いかけを待っていた。
「私ね。ストレスを貯めやすい体質なの」
「そうなの?」
「うん。だから、リフレッシュ的な感じにね。はじめは、ペットのような真似をしていたの」
「そうなんだ……」
どういう状況なんだ?
それは……。
「でも、ペットのような真似をしていたら、どうしても満足できなくなってきて」
「どう状況⁉」
「私、もっと、ペットのように、扱ってほしいって思うようになったの」
「いや、急すぎてわからないけど。どういう?」
「だからね、好きな人から、ペットのように扱われたいというか」
「……」
ダメだ、よくわからない。
普段は真面目で、正常な判断ができている委員長。
今の彼女は、ヤバい。
とにかく、思考回路が狂ってると思う。
自らペットになりたいとか。
そういうのは、特殊性癖というべきなのだろうか?
「でもね、私、浩紀君のことが好きだったから。どうしても、私、付き合ってほしかったの。浩紀君は、これからも一緒に私のこと罵ってくれる?」
「それは……考えさせてほしい……」
浩紀は小声で返答した。
「でも、今日のお昼は普通に大丈夫だって、OKしてくれたよね?」
「そうだけど。まさか、ここまでとは思わないから……」
浩紀は引き気味だった。
「私を振るってこと」
「そうじゃないけど」
彩佳の事を振りたいけど。
ここで別れたら、また恋人を見つけないといけないのだ。
あれ……もしかして。
でも、彩佳が変なことをしているのは、クラス委員長としての活動に負担を感じているからなのだろうか?
そんな結論に至ったのだ。
本当に今になって思う。
厄介な子と付き合ってしまったと。
でも、彼女がすべて悪いというわけじゃない。
何か原因があるのだろう。
「あの、だけど。なんていうか、確認的な事なんだけど」
「どんな事かな?」
「もしかして、委員長としてかなり負担を感じてる?」
「……そんなことはないと思うけど……」
「でも、リラックスするために、ペットの真似をし始めたとか。そんなことを言ったよね?」
「……うん」
彩佳は頷いた。
「だったら、大変に感じてるってことじゃないの?」
「そうなのかな?」
彩佳は首を傾げていた。
彼女からしたら、クラス委員長としての活動は普通だと思っているのだろうが。
知らず知らずのうちに、俯瞰を抱えているのかもしれない。
「じゃあ、俺、できることはするよ」
「どういう風に?」
「それは……わからないけど。委員長の手伝いとか」
「手伝い? だったら、私のことをM奴隷のように」
「そ、それはできないけど……」
「じゃあ、嘘なの?」
「違うさ。そういうことじゃなくて……さすがに、それはできないし。君は、嫌じゃないの? Mのような体質で」
「別になんともないわ。むしろ、心地よさを感じてるくらいだから♡」
これは重症かも知れない。
Mとして生きていく前提なのだろう。
そんな気がしてならない。
「私、浩紀君のことが好きなの」
「そういうの言われても……」
「私……浩紀君にしか、こういうの見せられないし。見せたくないの。それに、私の本当の姿を見たでしょ?」
「う、うん……でも」
「無理なの?」
「えっと……」
浩紀は戸惑う。
やっぱり、無理だ。
いくら美少女であっても、ガチの方なM美少女とは付き合いきれない。
浩紀はごめんと一言だけ言い、急いで彩佳の家から立ち去っていくことにした。
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