墓守りの腕時計

語部

墓守りの腕時計

 満月の明かりも雲に隠れて蠢くものの存在を捉えづらい深夜、独りの男が立っていた。真剣な面持ちで手首のクオーツ時計をペンライトで照らし、時の流れをじっと見ている。

 

 どれくらい経ったか分からないが長針と短針、そして秒針が重なり合った瞬間、

「時間か」

 男は視線を上げて、ペンライトで探るように一つの墓標を確認した。

 それと同時にペンライトを歯でくわえ、足元に置いてあったシャベルを手にして少し盛り上がっていた墓標のすぐ手前の土を掘り返していく。


 多少手こずりつつも男は徐々に土をどかしていき、やがて目的だったものが顔を見せた。

 頑強な作りの白い棺だった。男は躊躇うことなく、棺を開ける。

 そこに納まっていたのは両手を組み瞼を閉じた白髪交じりの年老いた男だった。

「確かにこの爺さんだ、じゃあ次は……」

 男はその老人の顔を軽く見つめ認識した瞬間、皺だらけで瘦せこけた頬を強く引っ叩いた。


「ん……あぁ……」

 微かな声が漏れたと同時に老人は重そうな瞼を開けた。

「おーい、爺さん。もう起きる時間だ」

「そうか、ここは……」

 男の呼び掛けに耳を貸さず、老人は周りを見渡し、安堵の言葉を吐いた。

「……すべては計画通りになったのだな」


 小さな明かりが灯るベンチに、墓から掘り起こされた老人が静かに座って佇んている。しばらくして男の方もゆっくりとベンチに座り、手にしていた二本の缶コーヒーの一本を老人に手渡した。

「これは……ありがとう」

 老人は素直に受け取り、缶コーヒーを一口飲む。

「いやー、だけど本気であんな事したんだな」

 紙タバコを軽く吸いながら、男は半ば呆れるように言った。

「でも俺にとっちゃラッキーな話だよ。こんな墓地の仕事じゃ目にすることない金もらって」

「ある意味自由になるための壮大な計画だったかもな」

 老人はそっと闇の方を見つめる。

「爺さんのやってる事は異常だよ。医者や葬儀屋、あと俺みたいな墓地の管理人まで巻き込んで、自分の家族を欺く葬儀をするとかさ」

「主治医には世話になった。二日間も埋葬されるまで気づかれぬように眠れた」

「そして俺が掘り起こして全て完了。でも爺さん、法的に死んでまでってよっぽどだな」

 気に掛ける口調で男は訊いた。

「なあに縛られるなら法の方がマシだ。他人には分からんよ、なんの保障もなく己で道を切り開く愉しさは」


 老人は立ち上がると、暗闇に希望の光を見出したかのように力強く歩き出した。

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