第29話 料理人は邂逅する
一つ、誰がそこで何をしていても、その場の話はその場で収め、決して外へは持ち出さないこと。
二つ、マフィア同士の戦いが起こった際に傷つけた
三つ、他人が買った
「この三つが決まり事じゃ。つまり、そこで誰が死のうが誰が誰に手を出そうが関係のない話──よくあるのが、商品に知らんうちに手出しさせられることじゃ。うっかり娼館に入ってそこで女の子に突っ込んだら血が出て追放、なんてこともよくある話じゃな」
「ヒェ……ッ」
「まあ、気楽にして良い。なにしろ
と、言う言葉を思い出して、俺は天を仰いで嘆息する。
「そう言ってたはずなんだけどなあ……」
「そうじゃの。ワシもそう言ったはずじゃが……まさか、ワシの偽物が出てきておるとは思いもせなんだ」
「誰がニセモノじゃ!俺が
見れば、バルトロには割合にそっくり……とは言えなくもない、そんな姿だ。眉毛は取って付けたようだし、鉤鼻であることとか、髪は無理やり染めたような黒というのを除けば、まあ服装も白スーツに柄物のシャツと派手であり、おおよそは似ているように見えなくも……。
「バルトロさんってもしかして周りの人から眉毛で認識されてるのかな……」
「マルコ!?お前さん今アホなことを言うておるぞ!?」
「でも、偽物との違いというか……」
「俺の偽物じゃ、捕まえて売り出せ!その阿呆みたいな眉毛は剃られることを覚悟しておくんじゃな!!」
偽の
「……はぁ……覚悟せえよ。ワシの名はそう軽うないぞ」
「が、がんばれーバルトロさーん!」
「お主の分の弾は避けんからのマルコ!人を眉毛呼ばわりしおってからに……!」
「そんな!?」
無体な、と言おうとするとギラリと睨みつけられて言葉を封じられる。俺はすごすごと両袖のカフスボタンに触れた。
「ほぉ、それが訓練の成果か?」
「俺の性能に準拠しますけど、ねッ!」
引き金に指がかかったのをめざとく見つけ、そして弾道を予測して弾き出された弾を金のあしらわれた美麗なトレーでカンッ、と弾き飛ばす。
「……なんじゃその……トレー?」
「盾の想像が難しくって……今の所全てキッチン用品に変わりますよ」
「よくそれであんな大口叩けたものじゃな!?」
「俺もこれほどとは想像してなかったんですけど、まあ……なんとかはなりますよ。一応防御の術はあるので、後ろに関しては気にせずにやってください」
「そうかの?それじゃ、遠慮なくいかせてもらおうかの」
バルトロが人差し指を立て、手の甲を突き出すように腕を突き出した瞬間だった。
「やめなさい、あなたたち」
華やかな、それでいて落ち着いた艶野ある女性の声が朗々と響き渡った。薄暗い路地は何の液体で濡れているのかよくわからない。しかしながら彼女が歩く道は美しい薔薇の花びらを撒き散らされているかのようにすら思えた。
カンテラの光に照らし出されたその美貌を見た瞬間に、息すら止まり、彼女のために命を投げ出す人間がいそうだと思うほどだった。
白い肌にはしみ一つなく、艶やかにオレンジの光に照らし出されている。紺の髪はうなじが見えるよう短く切り揃えられているが、髪の後ろ側がふわりと膨らんで品のあるショートカットになっている。
切長でありながらぱっちりとした大きな瞳は、光を受けて偏光めいた輝きを宿している。赤いルージュの乗せられた唇は少しぽってりとしているが、下品でなく逆に色っぽさを添えているように見える。スタイルも凄まじく、ローズですら勝てないと思わされるほどの美女だ。
ボス以外にもあんな彫像じみた人間がいるのだな、と思うほどの美貌だったが、隣にいる
偽バルトロはキョロキョロしていたが、彼はここぞとばかりにこう言い募った。
「姉さん、こいつは俺の、
美女の目が一瞬ほそめられたかと思うと、偽バルトロの首がぽろん、と取れた。冗談でも比喩でもなく、空間を削り取るように吹いた風がそれをやってのけた。
吹き出した血は完璧に操られ、風に乗って地面へと染み渡っていく。
「バルトロさんッ」
「ええから大人しくしておけ。絶対に己の名前は漏らすなよ──さて少々邪魔が入ったが……久方ぶりじゃの、9
「ええ、久しぶり。
周囲の男たちがざわり、とどよめいた。
「きゅッ……!?それじゃあ、彼女が!?」
バルトロに驚きのあまり振り返れば、彼は顔を歪めて彼女のことを睨みつける。
「新人さんね。あなた、名前は?」
わずかに微笑みを乗せた表情にどきりとして警戒も混じって一歩後ずさると、彼女は少しだけ眉を下げる。
「あの……バルトロさん、実際ですけど……ここで事を構えるつもりは?」
「いや、ないが……どうしてそれを聞くんじゃ?」
「そうですか。では──俺はマルコと言います。料理人です」
「マルコ!?おまッ……」
「そう、マルコ。いい名前ね──『命令よ。跪きなさい』」
俺は少しバルトロの方を振り返ったが、彼はギョッとした表情でそれから俺のことを見る。異能の気配がしたが、正直効果は一切ない。
「すいませんけど、命令はちょっと聞けないです。お願いなら考えないこともないですけど……」
美女の目は大きく見開かれており、それからクスッと彼女は微笑んだ。
「……そう、バルトロ。あなたいい拾い物をしたのね?あなたに興味が湧いたわ、マルコ。どうせ
俺はその言葉にあっさりと諾、と返す。
「いいですよねバルトロさん。どうせならいいところのほうがいいですよね!」
「マルコ、お前何を考えとるんじゃ!アホ!あの女が何をしたかわかっておるんか、このッ……美人に目を奪われでもしておるんか、ド新人!!」
「バルトロさん。俺、どんな美人より隣の国の最高峰レストランの一皿に目を奪われる自信がありますよ。彼女がバルトロさんよりここに顔がきくなら、俺は彼女に人材を紹介してもらうべきだと思います。それに──」
そこから先の理由は、伏せておくべきだろう。
今、ここで騒ぎを起こしたところで俺たちが15《クィンディチ》と争いごとを起こそうとしている以上、表面上であっても交流があれば相手の追跡の手も緩むだろう。
「ファミリーが起こそうとしておることを考えれば、当然のことじゃが……ワシは納得はできんぞ。ボスをあのような目に……」
怒りも冷めやらぬ、といった表情のバルトロだが、彼は拳を握りしめて俯くとハッ、と息を吐き出した。
「相談は終わったかしら?」
バルトロは彼女を正眼に見据え、そして不適な笑みを浮かべる。
「ああ、今し方終わったところじゃ。行くぞ、マルコ」
露を含んだような笑みを浮かべ、美女はそう、とつぶやいた。
「では、改めて名乗ろうかしら。私は9《ノーヴェ》、レベッカ・ダンジェロ。好きなものは綺麗なものと、話の分かる子。嫌いなものは醜いもの、それから料理よ」
料理が嫌い、ということは料理人が苦手、ということだろうか。
「料理……苦手なんですか?」
「有名な話じゃぞ、その女は使っておる
「そう、ですか……」
食事は俺の生活における、ほとんど全てのようなものだ。もし、俺の異能の反動がそれだったとしたら考えるのも恐ろしい。俺が内心で可哀想な人なのかな、と思っていると彼女は気にした様子もなく微笑んでいる。
「5歳の頃からの話だから、料理の味なんて気にしていないわ。もし叶うならもう一度食べたいものはあるけど……」
「食べたいものですか?」
「アップルパイよ。ねえ、マルコ……あなた、作ってくれるかしら?料理人よね?」
顔を覗き込まれるように見られたが、俺はちょっとその返答には困る。
「すみません、俺はあくまでファミリーのために腕を振るいますから……そうですね、あなたがうちのファミリーのお客さんになってくださるなら別ですが」
「……つくづくぼんやりした子ねえ。本当にあなたの子飼い?
彼女は頬に手を当ててそれからバルトロに視線を向けたが、彼は鬱陶しそうに首を振るだけだった。
「そいつに裏なんぞ期待するだけ無駄じゃぞ、9《ノーヴェ》。深読みすればするほどバカにしているように聞こえる返答ばかりする男じゃ」
「俺は毎日毎回真面目ですよ、失礼な。バルトロさんだって結構人を食ったような回答ばかりするじゃないですか」
「相手との交渉戦術の一つじゃ。お主のはただただ口から思考を垂れ流しているだけじゃろうが」
俺がそう言い返したところ、彼はやれやれと肩をすくめ、そう返す。9《ノーヴェ》はやや俺から興味を失ったようだが、バルトロの一言で少しだけ俺に視線を向ける。
「しかし、こんなアホでもボスの気に入りじゃし、ファミリーでも受け入れられておるのう。ワシがファミリーに連れ込んだからのう、当然じゃな」
「……あら。あの気難しい赤薔薇の棘に刺されたのではなくって?」
「ローズは割合に気に入っておるようじゃぞ?
ああ、と彼女は頷いた。
「
気に入られた、というにはやや誤解があるかもしれない。
「俺がただの無害な人間だから、単に放って置かれてるだけですよ。あとは食事に食いついているだけでしょうし……」
「今日の食事も格別じゃったからなあ……ポークシチュー」
ゴロリとした大きめの豚バラ肉の塊は臭みを抜くためにスパイスや料理用の酒に漬け込んだりをした上でコトコト数時間煮込みに煮込んだ。そして最終的にはスプーンを入れたことがわからないくらいにやわらかな豚肉と濃厚なブラウンシチューが絡み合い、口の中でとろけるような味わいに変わる。徹底的に豚の存在感を消したことで牛の旨みが詰まったフォンドヴォー入りのシチューの味を引き出すメニューである。
「おいしかったです。ただ、スパイスが今回はちょっと特殊すぎたので……次はあまり効かせすぎないように気をつけないと。ローズさんは少し不思議そうな顔をしてましたし、
一口運んだあとはおかわりを連発していたが、食べ始めるまでにはいささか時間が必要だったようだ。
「癖の強いメニューは考えなきゃいけないですよね」
斜め前に案内するように歩いていた一人の女性の腹から、くう、という小さな音が聞こえる。彼女もまた綺麗と言われる部類だろうが、明らかにレベッカとは格が違うと思わされる。ちょっとつり上がった瞳は群青色で、雨に反射するようにけぶるまつ毛が彼女を控えめに見せているが、唇は力強く弾き結ばれている。気恥ずかしさもあるのだろう、頬は僅かに赤く染まっていた。
「……え、ええと……」
「お気になさらず」
「あら、相当美味しいものだったのね。彼女の
にんまり、と笑ったその唇に引かれたルージュは、夜の闇に妖しく光り輝いた。
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