第24話 料理人は見据える

薄く柄の見えるツイードのジャケットを羽織ると、背後からシュッと香水を自分に吹きかけるバルトロがいて思わず距離をとる。

「な、なんじゃ……嫌いな匂いか?」

「いえ、そうではなくて……匂いがつくと料理の質に関わってきますから。昨日整髪料をつけた時も割と香りがつくタイプだと思いましたけど料理はしないつもりだったので……」

「ああ、あれは仕方なかろう。そしたら、今日はあまり整えん方が良さそうじゃな。寝癖だけ濡らして乾かしたら自然に仕上げるとしようかの」


バルトロが風を巧みに操りながら濡らした頭を乾かしていると、陽が窓から差し込んでくる。開けていたものの、バルトロがいるから盗みに入られたところで問題ない、ということだったのでそうしたのだ。実際開けていないと通気性も悪いし、なんだかんだ言って少し部屋の隅にはカビが生えていることもある。今は客を連続で入れたりしているんだろう──ここへ訪ねてくる、『マフィア』のために。


「ここいらの情報は他に何かありました?」

「いんや、飲み歩く場所もなければ情報が集まるような場所もない。宿もそう雑多な情報があるわけでもなく外部の者の方が集まるからのう……村の情報を得るのには正直無理のある場所じゃ」

「ああ、なるほど……でしたら一度村を出ましょう。結構派手に動きましたから多分町中で噂になってるはずですし」

「くぅッ、ワシが情報をかけらも得られんとは……」


情報は、それでもゼロではない。


「ここに手を出すのは大きなところほど嫌がるでしょう。むしろ、大きなところこそ『彼女』を抱え込めばきっと周りから煙たがられますから……でも、上昇志向がなければこんなところには手を出さない、そうですよね?」

「まあ、そうじゃの。ワシの考えによれば候補は三つのファミリー……近年急成長しているところ、さらに条件をつけるなら野心モリモリな態度を隠さないファミリーじゃな。しかし、情報屋としてはここで引くのは……」

「あまり深追いしない方がいいですよ?」

「……グゥッ」


バルトロは小さく唸ったが、仕方がないとでも言うふうに肩をがくりと落とした。

「正直町に一番詳しいお前さんも、ここから離れておったからのう。それに、今後お前さんの所属先が町の人間に知られればルオフーネへの立ち入りができなくなる恐れもある」

「……弟は今首都にいますし、逆に町の事情に巻き込まれないでしょうから……正直、あんまり仲のいい友人なんかもいなかったので」

「うっ……なんと寂しい人生なんじゃ……やはり娼館に」

「や、やめてください……」


少し熱くなるほおを抑えてバルトロを睨みつければカッスカスの口笛を吹き鳴らす。それに思わず吹き出すと、ニヤリと笑ったので嵌めたな、と思ったが流石にもう時間がない。


「お昼までには間に合わせないと、ボスが切れますよ」

「おっ、そうじゃの。ワシもそろそろしっかりした飯が食いたいもんじゃが……」

「帰ったらすぐ何か作りますよ。夕飯はトリッパハチノスの煮込みでも出しましょう」

「ずいぶんと素朴じゃな……」

「とろとろに煮込んだトリッパとトマトがよく絡んで美味しいですよ。結構しっかりと臭み取りはしないといけないですけど、トマトの甘みと酸味、とろけるような口当たりに内臓モツ特有の旨みがしっかり合致していて、ワインが止まらないですね、銀灰グリージョさんはあまり好みではなさそうですから……そうですね、サルティンボッカなんてどうでしょう?生ハムを子牛の薄切り肉の上に乗せてサッと焼くんですけど、柔らかい子牛の肉にハムの塩気がマッチして、合わせておいたセージの香りがふわっと……バルトロさん?」


バルトロは恨めしそうな顔で俺のことを睨め付ける。

「マルコ、お前……今日はいくら吐きそうでも休憩はなしじゃからな」

「なんでですか!?」


その宣言通りに俺はぶんぶんと上空で振り回された挙句、到着と同時に吐きそうになりながらもなんとか昼前には到着できた。

「……何をやっているのですか」

「ろ、ローズ、さん……み、みず……お水を……」

くわんくわんと揺れる視界をとにかく冷たい水でしゃっきりさせようとそう口にすると、彼女はバルトロへどう言うことだ、と説明を求めるような目をした。

「い、いや誤解じゃて!ワシはただお昼ご飯は美味しいものがいいと──」

「私の作ったものではご不満ですか」

「不満じゃ!ローズだってマルコがおるのにワシの手料理を食うのは嫌じゃろうが!」


ローズは少し顎に指を当てて、それから頷く。


「いやですね」

「じゃろ!?」

「しかしそれとこれとは別の話です。昼食は私が作ったものですから、マルコとバルトロはボスへ報告をお願いします。全く、バルトロは報告も忘れてここへ戻ってくるなんて……」

「ぐぅッ、そうじゃった。ボスへ報告をさせていたら間違いなく昼飯はマルコのものではないんじゃった……」

「ボスは今3階の執務室におられますから、そちらで報告を」


ローズはそう言い置いて、それからカツカツとヒールを鳴らしながら2階へと上がっていった。俺は起こったことを順に報告するべく、頭の中で整理しながらバルトロについて執務室へと向かった。

所々に金の装飾がなされた、両開きの黒いドア。そこについている金の獅子が咥える輪を持ち上げてノックをすると、中から「入れ」という声が聞こえてきた。

「失礼します、バルトロとマルコです」

「失礼します」

執務室、と言うだけあって使い勝手の良さそうな椅子や机などの家具、そしてそのテーブルの上には山と積まれた書類。それらがどこから来ているのかは知らないものの、横にはアニーが控えていて、少しはにかみながら俺に手を振った。


「おお、ご両名とも無事で何よりですぞ!」

「あ、あはは……アニーさんはどうしてここに?」

「そうですな、吾輩書類仕事も得意としておりましてな。ここ最近の出納からバルトロの情報網より受け取る情報整理などを行なっておるのですぞ」

「すごいですね……この書類の量を処理するなんて……」

「そ、そそそそ、そんなことは……いやはやマルコ氏は褒め上手ですなぁ!おっと、すみませんな。お二人はご報告があるのでしょう?ささ、吾輩なぞに構わず!」


アニーはトントン、と書類を机に当てて揃えると、スッと立ち上がる。

「一旦吾輩は退席させていただきますぞ、ボス」

「ああ、好きにしろ。さて、マルコ。能力はどうだった?」

「その、実は……能力ははっきりとはわからないと言われました。その後無理矢理ですが制限や条件なんかを見てもらって、条件は『俺の物だと認識している物、場所』に対して有効で、反動に関しては体力の消耗……とのことでした」

「……なるほど。条件は緩和されることはないからな。バルトロ、何か補足はあるか?」

「あそこのシスターはすでに取り込まれておるようでした。ファミリーの候補は三つ、十五クィンディチの名を新たに奪い取って冠することになったレオポルド・ファミリー、まだ番外エクストラながらも別の国から来て非常に野心が高く、資金源も豊富なノーガチ・ファミリー、そして……構成員がほとんど表に出ないものの、活動形態はかなり手広く、ここでカジノ経営までこなすコントロッロ・ファミリー。まあ、いずれにせよ早期に席次ヌメロから睨まれて堕ちるとは思いますがのう……」


ボスは少しだけ険しい顔をして、その綺麗な目を細め、テーブルに肘をついた。

「これは、ただの俺の『カン』だ──バルトロは早々に処断されて席次ヌメロに睨まれて終わるだけだと考えているようだが、俺はそれは違うと考えている。バルトロ、賭けるぞ。コントロッロ・ファミリーだ」

「……なぜですかのう?理由をお聞きしても?」

「だから言っただろ、カンだって。まあ、あえてこじつけをするなら、レオポルドはかなりまっすぐに座を狙いに来ているし、ノーガチも体制自体をひっくり返すような真似をしてるわけじゃない。彼らは正式に継承機関の抗争手続きに則っているからだ。しかし、コントロッロだけは違う」


どこだったかな、と小さく呟いた後、それぞれの引き出しを二、三回開けたり締めたりして書類を3枚テーブルの上に置く。


「コントロッロの情報は昨晩上がってきたから、まだお前は見ていないだろう。バルトロ」

「は、はぁ……まあ、そうですがの……」

「コントロッロのやっていることはあくまでグレーゾーン。俺たちマフィアのファミリーは基本的に非合法、そもそもが存在してはならないものだ。しかし、コントロッロだけは違う」


あくまでカジノの経営者、大規模酒場の経営、そのほか諸々風俗店の経営など。

「新規進出は多いが軒並み吸収し、そしてどんどんと膨れ上がっている」

「しかし……」

「彼らは抗争手続きを行なったことはない。継承機関エレディタに登録さえしてはいるが、マフィアとして犯罪行為を横行させたことはないんだ」


どう言うことか、わかるよな、とでも言いたげな顔に俺は少しだけ頭を捻った。


「……その、もしかして、ですけど……コントロッロの『目的』が、俺たちのようなマフィアのファミリーとは違う、ってことですよね?」

「お、正解だ。さすが常識人だな」

「ま、待て待て……目的が違う、とはどう言うことじゃ?マルコ」

「あくまで業態としては酒場ですけど、風俗店だったりするところもあるんですよ。大体が税金の逃れだったりするんですけど、まあそういう感じです」


コントロッロの目的が今は何かわからない。彼らが何を目的としているのか、そしてこのマフィアの体制に何を仕掛けてくるのか。


「体制をひっくり返すだけなら御の字、でしょうね。最悪の場合は国家転覆、なんてことも考えられます。あ、後これは俺の正直な感想なんですけど……コントロッロが仕掛けてくるとして、それってもしかして……その、ボスの失脚にも関連してるんじゃないですか?」

「……どうして、そう思った?」


どうして、と聞かれても明確なエビデンスはない。それでも、俺は心に引っかかる嫌な予感のままに口を出した。

「……シスターたちがあの方、と言うからには、ただのマフィアじゃなくて、なんというか……受け入れられる余地のある思想をしていて、そして……マフィアの理想たるボスのファミリーを裏から瓦解させたのは……」


瓦解、させたのは……。


「他の、ボスの分散した力を持つファミリーなら倒すことができるという確信があるから」

呆然とつぶやいた瞬間に勢いよく肩を掴まれて、俺は怒りで赤くなったバルトロの顔が目前にあることに気がついた。

「ヒィ!?す、すいません、俺妙なこと口走りましたよね!」

「当たり前じゃ!阿呆、お前今コントロッロのボスが席次ヌメロたちを倒せると思うておると言ったんじゃぞ!」


しかし、その言葉に反してボスは苦い顔のまま俺を見据える。

「……いや、マルコの言う可能性も、頭に入れておくべきだ」

「ボス!しかし……!」

「忘れるな。今俺たちがするべきことは全ての可能性に備えながら奪われたものを取り返すことだ。そのためにやれることがあるのなら、たとえどんな手であっても使うべきだろう」


方針が決まった、とボスは小さく唸るように笑った。

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