第11話 料理人は襲われる

「──に、しても……この人、どうしたらいいんだろう……」


倒れている男は泥に塗れているし、いくらこれから埋葬すると言っても多少は綺麗にしたほうがいいよな?と思う。

そうと決まれば濡れた布を持ってきて──。


ふと、背後が気になって振り返る。なぜか死体が気になる気がして、これは初めてみた恐怖からだろうと頭を振って歩き出そうとした時、ふと気づく。


何でハンカチが落ちてるんだ?


ゾッとした感覚が全身を包み込み、冷たく湿った感触が首筋に触れた瞬間、俺は反射的に裏拳で勢いよく背後に現れた死体の体を弾き飛ばした。冷たい肉塊を殴ったような感触がして激しく吹っ飛んだ体が壁へと激突し、ずるずると下に落ちていく。

「あ、あわ……ッ、生きてたらどうしよ……」

思わず殴り飛ばしちゃったけどそういう体温の異能とか……ないよね?流石にバルトロがはっきり死んだ認定してたけど……。


壁にもたれかかるようにしていた男はピクピクと体を動かして、それから口に手を突っ込んでゔぅ、と唸ってみせた。


「うー、ア゛ー……ウム。ナカナカこれはグアイがいい。かなりナメラカにしゃべれルな」

「うわーーーーー!?喋ったーーーーー!?」

「フム……アタラシイコマヅカい?コウセイインか?いや……オマエをコロしてセンセンフコク、だ」


死体の口元がぐにゃりとありえない角度で動き、それから勢いよく立ち上がって突っ込んでくる。

「こなくそッ……!」

なんてスピードだ、と歯噛みしながら俺は勢いよく突っ込んでくるそれが右腕を振りかぶったのを認めた。ガードするにしても腕を犠牲にしたくない、と思った瞬間胸を撃ち抜かれる。


「がッ……!!」

「ヨワイな!」

一瞬息ができなくなり、息が詰まる。苦しくて息を吸おうとしたが胸が妙に詰まって上手くいかない──そんなことをしていたら死体の脚が目の前に迫っていた。


まずい。

顔に当たったら、鼻が効かなくなるかもしれない。

舌を噛んでしばらく味を感じられなくなったら──ダメだこれは、当たる!

顔を背け、せめて被害が少ないようにと祈る。

けれど、その祈りは大声で中断された。


「マルコぉッ!!!!」

「バルトロ……さん!?」

「怪我はないか?」

強風が死体を勢いよく吹き飛ばして、俺の顔にはまるで痛みはない。

ちょっと鬼気迫る表情をしているせいで、バルトロさんの方が死体よりちょっと怖いけど。

「胸に一発食らいました!!」

「正直じゃのぉ──後で見舞金でもボスに請求するとええ」

「バルトロ!ボスを置いて行っては本末転倒でしょう」

「うるさいのぅ、ワシらの飯を毎日作ってくれる相手に対して失礼じゃろ。もうワシはこいつの飯がないと生きていけん」

「そこは俺に忠誠を持ってるからって理由にこじつけろよ……まあ、いいか。さて、先ほどは話をする暇もなかったな、眠り姫ソンノ


ボスがローズを横に控えさせて、柔らかく微笑んだ。

「……うるサイな、もうチカラもないならあんたにトリイルヒツヨウないんだ」

「ふむ、それで?俺は別にお前がいなくても構わないな」

「──それで、だト?ワタシがいなければコマルのは……!」


「困らないな。獅子身中の虫という言い回しが東方にはある。俺がいつまでもそれを放っておいたのは俺の手落ちだが、まさかいの1番に裏切ったお前が未練たらたらにそんなことを言うとは思っていなかった」

「ミレンなどあるわけないだろうが!イイカゲンにッ」

「どう考えても未練たらたらじゃろうが。自分で振った男に新しい女ができたからと文句を言いに来た女にしか見えんのぉ」


バルトロの表現にああ、と納得して首を縦に振る。俺が一人になったところを狙ったのもそれが理由か、と俺が少し生暖かい目で彼女(?)を見ると、どうやら全員が同じような目をしていたらしい、動揺しながら死体は半歩後ずさる。

「そんな……そんなワケないッ!!」

「それで何故、二人を殺した?蝿王モスカ使者アポストロとはそこそこ仲も良かったろう?」

「ナカヨクなどない。オマエにはそうミエテイタだけ……ムシろ、ワタシのウラギリをラーニョがツゲテいなかったコトのホウがフシギだがな?」

「はッ、言ったが最後こいつらが暴走してお前らのところに突っ込むのは目に見えておるわ。よく言わなかったとむしろ褒めてほしいもんじゃのぉ」

「……ッ、ローズはムザムザとワタシのシンニュウをユルシタゾ」


はあ、と三人が彼女(?)を見て大仰に溜息を吐いた。

「その二人をかいくぐれるように、わざわざ土の中から登場したのはあなたでしょう?」

死体はぐぬぬ、と少し渋ったが、俺のことをもう一度まじまじと見てそれからハッとした。

「キズがある、やはりカンケイシャだったな?ワタシのテシタにキラレタならオマエもワタシのテシタ、コマになる!!」


切られたら、駒になる?


全員がまさか、と言う顔で俺のことを見たが、俺はぽかんとした顔で彼女のことを見返した。

「さあ、ワタシにそのカラダをよこせ!!」

異能アビリタの力がぐい、と死体から伸びてきたが、俺はそれをぺいっと手で払った。

「あの、俺、異能アビリタ効果ないんです」

「ハァ……?」

「俺に異能アビリタは効かないんですってば。路地裏で、ナイフに切られた時ですか?その、仕込んだのって。異能アビリタを感じたので無効化しましたけど……」


今度こそはっきりと、死体の動きが止まった。そして死体は空中に浮いてジタバタしていた死体も動きが止まる。そして今度こそ、全く動かなくなった。

「この……これって安全なんですかね?」

安心しろ、とボスは言った。


眠り姫ソンノはパスを繋ぐことはできるが、それを切ったら繋ぎ直すことはできないから安心していい」

「あ、そうなんですか」

「そうじゃ。まあ、術者本人がおらんと流石に異能アビリタを使うのも難しいしのう、異能アビリタの気配も切れておる」

そして、三人は顔を見合わせた後、俺に詰め寄るようにして何から聞けばいいか迷っていたようだが、ボスが「マルコは──」と話し出した瞬間に残りの二人は口を閉じる。


「マルコは、異能アビリタを持っているのか?」

「持っています。でも、この館では発動できませんし……今の所俺にしか効力のない、異能アビリタです」

「この館では発動できないとなると……場所を限定したかなり効果の強いもののようだな。館の場を奪うような能力アビリタなら、確かにここでは発動できないと言うのも頷ける。もしかすると能力アビリタの禁止なんかを指定することができるのかもしれないな。どうだ、当たっているか?」

「い、いや……全然違いますけど……」

「能力の詳細は、言いたくないんだな?使うつもりがないからか?」

「──はい。使っても、料理には役に立たないですし……」

「お前らしいな」


使うつもりがないのは当たっている。と言うより、使えないと言うのが正しい。この館はあくまでボスのものであって、俺のものではない。


「それに、俺は料理人であって、ファミリーの一員じゃないですから」

「そうか。なら、お前の思うようにすればいい。俺は仕事にプライドを持っている奴は嫌いじゃない。ただ、お前が思っているほどこの職場は楽じゃないぞ?」

「いえ、実際美味しく食べてもらえるのはやりがいありますよ。前の職場では食事を作るだけで実際にお客さんのところまで行くこともありませんでしたし……」


だから、と俺は続ける。

「いらないと言われるまで、俺はここにいるつもりですよ」

「そりゃ、一生出られなさそうじゃの」

くくく、と喉にかかる笑い声を出したバルトロがしかし、と続ける。


「お前ほんに能力効かんで良かったのう……眠り姫ソンノの能力は遠隔で操る能力でな。能力があればほとんどの場合拮抗できるんじゃが、一般人や死体は楽に操れるんじゃ」

「……ヒェ……」

あ、アビリタ持ちで良かった……と胸を撫で下ろしていると、ふとローズが「そういえば朝食も途中でしたね」と言ったところで全員があ、と言った。


「朝食……そういえば、私、テーブルに乗っちゃいました……」

ああ、と顔を覆うボスにバルトロが「俺の、俺の飯が……」と漏らしている。アンチョビバターを塗ったパンは気に入ったらしいが、ガーリックを足して欲しいとのことだったのでポケットに入れているメモに書き足した。


「そういえば、一週間後に隠れていた銀灰グリージョが戻ってくるそうじゃが、今回の件で少し警備を見直すなら奴がちょうど良いのではないか?」

銀灰グリージョか。彼女なら館に入ってきた不審者も確実に仕留められるだろうし、ちょうどいいな。しかし、よく戻ってくるのを抑えられたな……あいつなら一瞬で戻ってきそうなものだが……」

「風で檻に入れて二週間ほど拘束した後、ど田舎に放置すりゃ誰だって大人しくはなりますからのぉ」


銀灰グリージョはなかなか面倒な人間らしいが、二週間も拘束していたら腹も減らしていそうだな、と思って俺は少し可哀想になる。好みはわからないものの、その人の好きそうな料理を準備しておこうと思い立って質問してみる。


「あの、その方の好物は……」

「生肉じゃな」

「なま……にく?」

銀灰グリージョは、異能アビリタのせいで口にするものは多くは生に近い肉での。正直一緒に食事をとるのも憚られるようなマナーの悪い奴じゃが、何よりもボスのことを慕っておる」

「は、はあ……?つまり、肉がお好きと考えればいいんですね?」

「ああ。生の方が好きなようでの……食感が好きなようじゃ」


俺は少しだけ額を抑え、それからわかりました、と小さく唸った。


柔らかさよりも食感の良さを優先した、生に近い肉が好み……と少し考えながらキッチンへと戻ることにする。朝ごはんが台無しになったから、昼は少し重めのクリームパスタにしようか。

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