第3話 料理人は対話する

「無事そうなのは……トマトと、ニンニク、パプリカ……玉ねぎと……ジャガイモも皮を削れば使える」

あとはパセリとかあれば……と思ったが、乾燥するしかなさそうだと息を吐く。とりあえず、ライスコロッケにするかとオートミールを手にとる。飽きているだろうが、チーズや玉ねぎと一緒に食べればまた味も食感も変わる。おそらく夜にオートミールを牛乳に浸して、翌朝食べるような食生活しかしていないだろうし、味覚的にも揚げ物は好まれそうな年代だ。

プリモピアット、第一の皿に選ぶのはこれでいいだろう。

肉料理のあとのコントルノは軽くつまめるように、トマトのマリネでさっぱりと、冷たいものにすればいいだろう。

果物も食べられるかどうかギリギリ、と言うところだ。日持ちするように柑橘類があるものの、全てレモンだし……。前菜は残っていたチーズを切って少し味見する。

……美味しく、ない。


そのまま食べるには適さないタイプのチーズだ。ほう、と息を吐いてそれから牛乳にレモンを絞った汁を足し、静置する。これでカッテージチーズはできるだろうからその間にはちみつを取り出す。

どうして結晶化してるんだよ!!と叫び出したいのを抑えつつ、俺は軽くはちみつを湯煎し、溶かしていく。香りは悪くない、カッテージチーズとも合わせていけばデザートみたいに食べられるはずだ。軽くレモンの皮を削ってかければ爽やかに食べることもできる。


とりあえず、見つけた魚を解凍しなければ。

バットに水を張ってその下に置いたボウルに水を流す。余程でなければ問題なく水が流れて解凍ができる。直接水を当ててしまうと旨みが一緒に流れてしまうので、すぐに解凍したくても我慢だ、我慢。

魚は冷凍やけを起こしているから、味がしっかりしているものがいいだろう。白身魚だから、解凍中に白ワインを振り、塩で水分を抜いた後小麦を纏わせて、バターでしっかりと風味をつけてソテーし、下に萎び掛けの野菜を刻んだもの、ニンニク、マスタードを合わせたソースを置けば十分食べやすいだろう。生の香草があればよかったんだけどなあ……。


ひとまず乾燥ローズマリーはあるから、これを使えば香りとしてはマシになる。


「よっし、大体見えてきたな」

ほぼ乳製品になるが、まあ……仕方がないだろうなあ、と俺は息を吐く。あとはミントのお酒とレモンを使ったグラニテでも作るか、と袖を捲った。






「お待たせしました、こちら前菜のパプリカのエスカリバーダとサラミの盛り合わせです。こちらはジャガイモを揚げたものですね、軽く香辛料で味付けしております」

食前酒である甘めのワインに合わせるのは、パプリカの甘みを閉じ込めるように、皮が黒くなるまで焼いた後に皮を剥き、オリーブオイルと塩、胡椒で味付けしたもの。サラミは少し辛味のあるものを選択し、引き締まるようにする。

ジャガイモは網状に薄切りにしており油でカラッと揚げ、サクサクとした食感と中のホクホク感を残している。クミンシードやオレガノなんかを混ぜて作ったもので、食欲が出るような香りに仕上げている。少しバランスが悪いが、勘弁してほしい。


「では、ごゆっくりお楽しみください」

礼をして、サーブを終える。食べている途中の顔はわからないが、好き嫌いがなければ食べられるようにはしているから問題はないはずだ。聞いておけば良かったなあ、と思いながらもでも嫌いだったら皿でも投げつけられるな、という想像が頭をよぎって笑ってしまった。


次に出すのはライスコロッケならぬ、オートミールコロッケ。少しクリーミーなリゾットのような味付けで、本当はブイヨンを準備する時間さえ、時間と材料さえあれば……!

最後に揚げたてのその上に乾燥パセリを散らして、周りにトマトソースをあしらう。

よし、と次の皿を持っていくと、皿の上は綺麗に片付いているのを見て少し嬉しくなった。俺は皿を片付けつつ、テーブルの上にコロッケを置いていく。料理の説明の前に、美少年はさくり、とナイフをコロッケに差し込んだ。とろりと溢れるクリームとチーズの香りにほお、と彼は頬を綻ばせながらそれを口に運ぶ。嬉しそうに口に運んだ後に、料理の説明をする。


「こちら、オートミールとチーズのコロッケです」

「オート……!?本当か!?これが!?」

「はい。お好みでトマトソースを合わせてお召し上がりください」

俺はそう言ってすぐに次の皿を準備すべく、急いで料理のカートを押していく。白身魚のソテーをテーブルに出すと、彼はちょっとだけ眉を上げる。それからナイフを差し込んで、口に運んだ。可もなく不可もなく、というところだろうか?

俺はそれを見送って、すぐにトマトのマリネを運ぶ。


「こちら、トマトのマリネです」


あえて少し玉ねぎの辛味が残るような切り方で、加えてトマトはきっちりと皮を剥いている。トマトは尻部分に軽く切り込みをいれ、全体をコンロで炙ると剥けやすく、湯むきよりも水分が入りにくいので味が濃くなる。

それをケイパーを刻んだもので締めているので、少し癖はあるものの全体的にまとまっている。


少しだけペースが早いな、と俺は後ろに引っ込んでいく。

フォルマッジ、チーズとして出すより、レモンとミントのグラニテと共に冷やしたデザートとして提供した方がいいだろうと判断し、カッテージチーズにはちみつを全体的に細くかけた後、上からレモンの皮をすりおろしかける。爽やかなグラニテはレモンの酸味を、カッテージチーズはレモンの香りを。カリッとしたクラッカーを半分ほどバターに浸し、砂糖を塗すとクラッカーもデザートに変身する。サクサクとした食感を残しながらも砂糖の甘みがダイレクトに伝わり、カッテージチーズに残るレモンの酸味とも相性がいい。


「こちら、レモンとミントのグラニテ、こちらはカッテージチーズの蜂蜜がけです。クラッカーと共にお召し上がりください」

「この、黄色いのはなんだ?」

「レモンの皮ですね。爽やかにお召し上がりいただけますよ。苦手であればすぐに別のものをご用意します。ナッツなどを振り掛けても美味しくお召し上がりいただけますが……」

「いや、大丈夫だ」

スプーンでそれを掬い、ひと匙口に運ぶと彼の顔は一気に華やかに色がついたような気がする。俺はふう、と胸を撫で下ろすと、グラニテをもぐもぐと口に無心で運ぶ彼の顔を見送り、食後のコーヒーを淹れるためにカートを押して歩いていく。


「コーヒーは砂糖とミルクを準備してください」

「ハヒュッ……!?」

「あなたが他のファミリーからのスパイであれば、好き嫌いを気にして好きなもの中心にまとめてくる、と思っていましたが……どうやら、普通に食べられるラインを攻めてきたようですね」

「えぇ……」

まだ疑ってたのか、この人。


「まあ、いいでしょう。私もボスも、調理に関してはからきしでしたし、この隠れている状況では食事に気を使える人員を雇う余裕もなかったのですから」

「隠れている……状況?」

「それに関しては、この後に詳しい話がボスからあるかと」

「は、はあ……」


コーヒーの香りが漂う中、満足げに微笑んでいる美少年を前に俺が緊張していると、彼は座れ、と一言口にする。テーブルの向かい側の椅子を差し示され、少し距離のある場所に足を向けるとこくりと再度頷かれる。

「し、失礼しまーす……」

椅子に座った瞬間、思いもしないふかふかさに驚いた。うわあ、ケツが沈む……。高級な椅子だ。バカでもわかる。

「……まず、食事。ある程度好みはあったが、最近買い出しにも出掛けていない状態と聞いていたが、存外に美味しかった」

「あ、ありがとうございます……?」

「その上で聞くが……お前、何者だ?」


ぎらりと抜き身の刃をこちらに向けられているような視線にどきりとするが、彼の視線の種類は少し違う、気がする。探るようなものだ。俺は何者だ、という言葉の回答をどうするべきか迷ったが、美少年ははあ、と息を吐いた。


「質問の答え方がわからないのなら、答え方を教えてやる──この料理の腕から言って家庭料理には収まらない、しっかりした料理人だったはずだ。一体どうなればお前が仕事さえままならない料理人になるのか、まるで理解できないんだが……何か人間面で問題があったのか?」

彼の言葉に、俺はきつく目を閉じた。それから彼を正眼に見据え、言葉を選びながら自分に起きた出来事を話すことにした。彼らにとってはこの話は大したことはないと思われるかもしれないが、俺のいた世界にとっては……大したことがある、そんな話なのだから。


「俺は……数ヶ月前まで、とあるレストランの副料理長スーシェフをしていました。そのレストランの名は──リストランテ・スペランツァ」

「スペッ……!?お、おい、あのリストランテにいたのか!?それに……スーシェフ、だと!?そんな人材を一体何で……」

リストランテ・スペランツァ。

その予約はどんな有力者でも懇願するほどで、二年先まで常に予約で埋まっていると言われる。味も何もかもが最高だと賞賛されているそんな高級レストラン。


流石に名前を聞いたことがあったのか、と俺は少し頭をかいて苦笑する。


「元々、あのリストランテはスーシェフが三人いて、それぞれで厨房を回していたんですよ。料理長に関してはメニュー決め以外はほとんど顔は出しませんでしたけど、彼らとは割に仲良くやってました」

「そんな内情があったのか……」

「それで、たまにやってくる料理長と新しく出す季節のスペシャリティを却下されて、勢いよく皿を料理ごとザーッとされまして……」


腕の動きに合わせてざらり、と払い落とされた料理。今でもまだ、夢の中でその映像が再生されることもある。皿の砕ける音、細心の注意を払って火を通したぷりぷりとした魚の身が靴であっさりと潰される様子も、細かく覚えている。


「ああ……」

「二徹目だったのもあって、流石に噛み付いたんですがじゃあその料理を食ってみろ、と言われて床に引き倒されたんですよ。そこで……こう、プッチーン、と」

当然だというように彼は頷いているものの、料理長に逆らった男が業界で長生きできるわけもない。


料理長をボコボコにした後クビを言い渡されたものの、転職先を探そうとした時にはすでに彼は手を回し、料理店と名のつく場所では働くことができないようになってしまった。


「何より腹立たしいのが、そのスペシャリティちゃんと採用されて店に出されてたことだったんですよ……!!」

それならそうと、しっかり修正点を口に出せばいいのに……!!


俺がイラつきを抑えられずに膝の上で拳を握っていると、「事情は分かった」という言葉に彼の顔を見た。

「ただし、次からは食事の時にはコースで出さないでくれ。流石に毎食だと堅苦しいんでな、大皿料理で頼む」

「あ……はい」

その言葉を理解して、じんわりと脳に喜びが湧いてくる。


「ってことは……!」

「ああ、今日から我が、ステラファミリーのシェフをやってほしい。この館の部屋を一つ住み込みで、それから食事についても残った食料を使ってもらって構わない。給料は雑費は別で月に50,000ゾエ渡す」

「ご、五万!?そんなに貰えるんですか!?」

「スーシェフってこれより給料貰えなかったのか……?」

「いえ、月に10万は貰ってましたけど、家賃払ったりしたら、手元に残るのはそうなかったので……もしかしたら料理長にそこもちょろまかされてたのかもしれないです」


そうだ、なんか高い時計買ってたりしてたよなあ。やっぱり……騙されて働かされていたのかもしれない。もう悪いことは料理長のせいにしてしまおうか、と思って拳を握りしめる。


「そうだな──支度金として一時的に10万、制服でもなんでも買ってくれ。後、全体の食費だが、今後一月に10万までは出せるから、それを見越して仕入れを頼む。人数が増えれば適宜増額するからきっちりと申告すること。ああ、あと、仕入れだが、お前自身で行ってもらいたんだ」

「それに関しては問題ないですよ。むしろ、目利きが信用できる人にしか任せられないので……」

そこで、ふと先ほどの疑問がよみがえってくる。

「あ、あの……答えにくければ応えなくてもいいんですが……さっき、ローズさんから隠れているって聞きましたけど、どういうことでしょう?」

「──そう、だな。まあ、お前の過去の話を終えたから……今度はこっちの番だな」


美少年は苦さを含んだように微笑み、脚を緩やかに組み直した。

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