第4話 料理人は話を聞く

美少年、またの名をボス。

彼はまず俺の名前だが、と口にした。


「お前に本名を言うつもりはない。少なくとも、お前が俺を『裏切らない』保証ができると確信するまでは」

まあ、当然ながら逃げて隠れている……と言う以上、俺から情報が流れることは避けたいのだろう。仕方がないことだと思いながら俺は問い返す。

「あの、じゃあ、なんとお呼びすれば……?」

「ボスでいい。あまりかしこまった喋りじゃなくても俺は構わない。ローズ、とこいつのことを呼んでいるものの、あくまでコードネームとして呼んでいる」

斜め後ろに立っているツインテールの女性、ローズ。やはり何回見ても顔から上と体の印象がチグハグなんだよなあ。


「さて、本題に入ろうか──お前も不思議に思っただろう、なぜ俺のような子供がボスとして、マフィアの長になっているのか、と言う点についてだ」

「あ、確かに……最初、びっくりしたんですが、今はあんまりそうは感じない、かも?発言に妙な含蓄というか、説得力というか、そういうものを感じて」


そうだろうな、と言って彼は背もたれに体を預けて苦笑した。


「俺の実の年齢は35歳。そして、俺の能力が発現した年齢が、15歳……今はその手前、14歳に変化

「させられている……?も、もしかして、異能アビリタ、ですか?」

「ああ、そうだ」


一部の人間は、異能アビリタという能力を持つ人間がいる。それは例えば火をいきなり起こしたり、宙に浮いたりとさまざまな自然法則に反した力で、一部の強力なものは少々デメリットを伴うこともあるものの、基本的に持っている人間は重宝されることが多い。そんな異能アビリタを使う敵によりボスは若返ってしまったのだ、という。異能アビリタは基本的に鍛えれば鍛えるほど伸びる能力であるため、その年数ごと持って行かれたことで大幅な弱体化がなされてしまったのだという。


「奴の能力によって、俺は21年分で得た経験と力を全て抜かれた。そしてその能力は当時の席次ヌメロたちへと席次順に多く分配されていき、結果として俺は能力の発現はできなくなった。つまり、俺が元の体に戻るためには席次ヌメロたちを倒す必要がある、というわけだな」

「なるほど……道理で席次ヌメロが恐れられてるわけですね」

「そうだ。加えて、俺は成長もしない──このままだと俺は、一生力を取り戻すことができないんだ。だから、数年前にせめて能力だけでも取り戻そうと、席次ヌメロ10ディエーチへと戦いを仕掛けようとした」


気になる言い回しに、俺は少し難しい顔になる。

「……ようと、した?」

「ああ、そうだ。簡単な話──」

苦さから逃れるように、コーヒーカップへと手を伸ばして一口飲み下す。


「──裏切りだ」

「裏切り……」

「俺が確実に裏切っていなかったと断言できるのはローズだけだった。こいつは裏切るタイミングがない、その当時俺は力も失って内部からも裏切られて荒んでいてな……。ゆえに、俺はローズだけを連れてここへ来たんだ。ゆえに、お前のことを心から信頼しているとはすぐに口にすることはできない。そして、この場所がとても危険だということを理解してほしい」


なるほど、と俺は全ての疑問が氷解していったような気がした。

ローズのあれほどまでの警戒、そしてボスがローズのいない間にすぐに帰れだとか、三日は家を出るなだとかの忠告も。


「……俺は、この都市ではもう料理人として働くことはできないです。だから、これで死んでも文句を言うつもりはないですよ?叶うなら老衰がいいですけど……最後まで包丁を握って死ねるなら、その方がいいかもしれないです」

「そうか……そうなるように尽力しよう。では、これで契約は成立だな」


パチリ、とボスが指を鳴らすとローズが俺の手元に契約書を持ってくる。手書きだが全てに目を通し、それから手元にあったペンでサインをする。


「では、お二人の味の好みを伺ってもいいですか?詳しい好き嫌いと、それから栄養状態を鑑みてメニューを決定します。あ、あと、スイーツも得意ですから、気になったものがあれば仰ってくださいね」

ボスの好みは今の年代では少し辛味がきついもの、クセの強いものは好まないが、肉や揚げ物、コッテリとしたもの、ホワイトソースなどは好きだという。道理でライスコロッケは頬を緩めていたはずだ、と頷く。

ローズは逆に好みのものはありませんが……と言いつつも、強いて言うなら甘いものが好きだと言う。辛味の効いたものや刺激の少ないものが良さそうだから、おいおい様子を見ながら出していこう。


「わかりました、とりあえず台所にあったダメそうな食材は全て処理します。一旦買い出しに出掛けて……あっ!というか、引っ越すのに家を引き払わなければいけないので、明日一旦帰宅してきますね!あとは買い出し用の自転車なんかも買いに行きます」

「おう、ついでに服装も整えろ。ファミリーではなくとも流石に浮浪者一歩手前だからな、今の服は」

「あ……す、すいません」

「あとは、買い出しの後は後をつけてくる者に注意してくれ。ローズ、空いている部屋どっか案内してやんな」

「わかりました。マルコ、こちらへどうぞ」


薄暗く長い廊下を歩いていると、部屋の扉扉に特徴のあるデザインが彫り込まれているのがわかった。それぞれに蜘蛛や狼などのデザインであり、不思議に思っていると無地の扉が現れる。

「あなたの部屋はこちらです。ノブにこれを通して、他の部屋には立ち入らないようにしてください。死に至るような罠が仕込んである場合もありますので」

「死に至る!?」

絶対に部屋を間違えないようにしようと内心で心に決めながら紐の通された札を受け取ると、そんな罠を仕掛けるなんて、と思いながら通ってきた道を振り返る。


「そのほかの部屋は……」

「──かつての部下のための部屋です。情報網を広げることもできず、彼らがどうしているかはまだわかっておりませんが……少なくとも信用できない以上は彼らをここへ入れることはできません」


裏切られてから、一ヶ月。

長いようでいて短いその時間で精神を立て直したボスは、間違いなく10代ではない。


「戻って来れるといいですね」

裏切られてしまったことは変えようのない事実なのだから、せめて疑いの晴れた彼らがここへと戻って来られるように。そう思って口に出した言葉だったが、戻ると言う言葉はあまり適切ではないです、と彼女は言う。

「この屋敷は私とボスしか知らない屋敷です。秘密裏に建造し、建造を行なった者も倒れてしまったためここにボスがいることを知ることができるのは相当高い能力を持つ異能アビリタ持ちの人間のみでしょう。現に、建物の窓もかなり少ないでしょう?」

「まあ……そうです、ね?」

住んでたアパートも、窓なんてなかったけどねという言葉は飲み込んだ。


「外から覗かれないようになっているんです。侵入者に対してもわかりにくい構造ですので多少館内で迷子になることはあると思います。ですから、数日間は私と共に館内を歩きましょう。それから、帰宅の際はノッカーを一度だけ鳴らしてから大きな声でただいまと言ってください。そうでなければ……」

「わ、わかりましたぁ!」


その言葉の後は聞きたくなかったので大きく返事をしたところ、よろしいとばかりにローズは頷いた。


「部屋のシャワー室ですが、夜十二時以降から朝の七時までは暖かい湯が出ないのでご注意を。それから、ボスの1日のスケジュールですが、現在は九時から朝食、十三時半に昼食、夜九時ごろに夕食となっています。食事はファミリー全員で摂りますので、その時間にだけは間に合うようにお願いいたします」

俺は九時、一時半、九時とメモをして合間におやつを出そうかと考えつつ部屋の扉を開けて──腰を抜かした。


「す……すごい豪華な部屋!?」

「ステラ・ファミリーの財力を侮ってはなりません。下っ端の部屋でさえこの程度当然なのです」


赤色のふかふかとした絨毯は変わらず、飴色の美しい艶を持つ家具は透かし彫りなどがなされており、普段使いなんかできないと思うほどだ。飾りランプも立体的なステンドグラスのようなシェードがあしらわれ、椅子も柔らかそうである。何より、部屋が広い。


「お、俺……本当に浮浪者一歩手前の服装だわ……確かにこれは……」

「そうですね」

追撃を喰らって立ち上がれなくなりそうだ。


「ここはあなたの部屋ですので、何を壊したところで弁償などは必要ありません。自動的に『修復』が入りますので」

「しゅう……?」

弁償がいらないと言うところで胸を撫で下ろしたが、それより気になる文言が連なる。しかし、ローズは説明が面倒なのか、さらりと流した。

「使っていれば、いずれわかります。それでは、明日の朝からよろしくお願いいたしますよ」

「は、はぁい」


ベッドは長期間置き去りにされていたであろうにも関わらず、ふかふかしているのにいい香りがする。不思議なこともあるな、と思いながらなんでだろう、と顔を近づけたところでふと異能アビリタの気配を感じて顔を離す。

布団の繊維を指先でなぞり、ああ、と得心がいった。


「状態保存とかの異能アビリタかなあ?いいなあ、便利じゃん……買ったまま鮮度保存できるなんて最高……」

そう一人でぶつぶつと呟きながら、一通り見て回ることにする。シャワールームへと足を踏み入れると、大理石でできたシャワールーム全体から異能の気配が強く感じられる。恐らくだが、さっきよりも少し狭い空間だからだろう。

「ひとまず、シャワーでも浴びるか」

着替えなんてものはないので一旦綺麗になっても汚れた服を着る羽目になる。やっぱり、ちゃんとした服で過ごしたいよな、と思いながらタオルを乾かすためにシャワーカーテンに引っ掛けたところ、ふわり、と浮いて綺麗に畳まれながらするすると棚へと戻っていく。

「あっ!?」

そう言いながらタオルを追いかけて手に取ったところで気づいた。


「ぬ、濡れてない……」


乾燥し、いい匂いの真新しいとしか表現できないタオルがそこにあった。


「この屋敷を作った人は、相当魂を込めて異能を使ったんだろうな……」

多分、壁を破壊してもこれは元に戻るであろうと信じるほど、強い異能アビリタ持ちが作った屋敷だ。


「明日の朝はどうしようかな……」

パンなんかはカチカチになっていたからパン粉として再利用して、酵母はあったかな、などと考えているうちに自然、疲労の溜まった意識は下に、下にと沈んでいく。


気がつけば俺は、何も考えることなく眠りに落ちていた。

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