第5話 ミリアの勘違い
「今日は私と庭の手入れを行っていただきます」
「はい。よろしくお願いいたしますメメ様」
掃除と料理は大絶賛をいただけた。
だが、さすがに庭の手入れはどうだろう。
ずっとやらせてもらえなかったため、しっかりとできるかどうか、いささか不安である。
「本来は公爵ともなれば庭師に依頼をするのが一般的です。しかし、ミリアさんのように使用人教育をする場でもあるため、あえて雇っていません。『ミリアさんのように使用人教育』と言うのは失礼でしたね。修行するのは私たちのような気もしますし」
メメ様はたびたび私のことを評価してくださっているが、おそらくやる気を引き出すために褒めてくださっているのだろう。
メメ様たちの掃除などはまだ見ていない。
しかし、私にやっていただいた化粧の完成度から考えれば、彼女たちがものすごくできる人たちだということは理解している。
きっとメメ様たちはもっとすごい掃除の仕方を見せてくれるのだろうと、楽しみだ。
「主に花の手入れや庭の掃除、そして客人を迎え入れるための外観を維持することが主な仕事内容になります。本邸の裏庭では、野菜や果物の育成、そしてガーデニングを通して花の出荷などの複業も行なっております」
「すごい……さすが公爵邸ですね」
「もちろん全てを一人でやるわけではなく、分担しての作業になります。現在公爵邸には執事のガイム様、住み込み女性使用人が二十一人、警備兵及び護衛が十五人となりますが、庭に関しては全員での分担作業となります」
「料理長はいないのですね」
「はい。こちらも使用人教育のためにあえて雇っていません」
新鮮な気分だった。
伯爵邸では常に一人で黙々と作業を朝から夜遅くまでやる日々だった。
それぞれがその日の担当をやるというもの。
しかし、公爵邸ではどうだろう。
みんなで協力するような仕事があるのならば、私も他の人たちと馴染むことができるのではないだろうか。
さらにウキウキしてきた。
「さて、さっそく始めましょうか。ひとまず今日のところは、この庭園を軽くぐるっとひと回り見ていただき、夕方になったら本邸に戻ってもらいます。庭園で気になったことなどがあれば言ってください」
「かしこまりました。しかし、そんなにゆとりのありそうな仕事内容でよろしいのでしょうか……?」
「むしろこの広い公爵邸の庭園を回るのです。体力も必要な内容なので、これで十分でしょう」
「は、はぁ……」
いやいや、食料などの仕入れを往復一時間以内でやれと言われていたくらいだ。
あのときは毎回、伯爵邸から全力で走って、重い食材を担いだままも全力疾走……。
あれと比べればはるかにマシだと思ってしまう。
ともあれ、公爵邸は本当に広い。
全部を回るためには走らなければならないだろう。
だが、荷物がないぶん、いささかマシというものだ。
私はこの日、公爵邸の敷地内を走り回った。
♢
「え……え…………えっ……………………!? 全ての敷地内を散策したのですか!?」
「はぁ……はぁ……。申しわけ……ございません。思ったよりも……はぁ……はぁ……時間かかってしまい、遅くなってしまいました……」
汗だく状態で本邸へ戻ったころには、すでに外は真っくら。
いつもの時間がかかってしまう癖が抜けきれず、満遍なくチェックしていたら、すっかり遅くなってしまった。
早朝にせっかく化粧した顔も全て汗で落ちてしまって、普段よりもさらに残念な顔になっていることだろう。
だが、メメ様と執事のガイム様は大変驚かれている様子だった。
「まさかとは思いますがメメさんは……、ミリアさんに過酷な任務をさせたので……?」
「とんでもございません。ぐるっとひと回り見ていただくよう指示はしましたが……」
「え、え……? てっきり公爵邸の全てを確認するのかと思ってしまい、全部くまなくチェックしてしまいました……」
「そんな無茶な命令などするわけないじゃありませんか……。申しわけありません。これは私の完全なミスです……」
公爵邸の庭園チェックくらいなら走り回って大変ではあったものの、伯爵邸での任務と比べたら全然マシだった。
これは私が勘違いをしてしまって、メメ様に謝らせてしまったと言っても間違いないだろう。
すぐに慌てて謝罪した。
「本当に申しわけございません。執事長、メメ様の指示を勘違いしてしまった私のミスです」
「いやはや……ミリアさんには驚かされてばかりです。長年執事として仕事をしてきましたが、ここまでの頑張り屋さんはミリアさんが初めてでしょう」
どうやらお説教はないらしい。
なぜだろうと思いながらも、仕事の報告はした。
「遅くなってしまいましたが、公爵邸の庭園は全てチェックできましたし、気になった点もいくつか見つけることはできました」
「ひとまず、その汗を流すためにお風呂に入ってきましょう。報告はそのあとでも構いませんので」
「え……でも、まだ使用人の任務時間では」
「これは執事の命令です。汗を放置して風邪でもひかれたら仕事にも支障が出るでしょう。汗を流し、いったん疲労をとっていただき、しっかりと肌のケアもしましょう」
「は、はい」
なんて優しいのだろうか……。
走ったあとにお風呂だなんて。
ところで、肌ケアってなんだろう。
あぁ、きれいにゴシゴシ顔を洗えってことか。
もちろん、しっかりと洗ってきますよ。
しかし、私はどうやら肌ケアの解釈を勘違いしていたようだ。
もう少しあとで教えてもらうことになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。