第4話 ミリアは料理でも褒められる+Side

 さすが公爵邸のキッチンだ。

 食料庫には材料がよりどりみどり。

 見たこともないような調理器具まで揃っていた。

 私は、料理に関してはあまり経験があるわけではなかったが、亡きお母様から教わったことを駆使して、習ったとおりに作ってみた。


 まずは主人のレオンハルト様が専用の食堂で食事を済ませ、終わったら私たち使用人たちが交代で食べるという決まりだ。

 これは伯爵邸でも同じことであるため、特に違和感などはなかった。


 さっそく作り立ての料理をレオンハルト様に食べていただく。

 あれ、毒味役は?

 レオンハルト様はなんの躊躇もなく食べはじめてしまった。


「美味い……、美味すぎる!!」

「ありがとうございます!」

「一人で作ったのか!?」

「はい、わたくしメメが証人として保証します」


 レオンハルト様が美味しいと言ってくださった。

 これだけでもものすごく嬉しい。

 公爵邸に修行に来てからは褒められてばかりで良いことしかない。


 まるで天国のようだ。


「メメやガイムも味見はしたのか?」

「いえ、私だけです。信じられないほどとろけるようなスープの仕上がり、肉の焼き加減も完璧です。サラダにかけるドレッシングの味付けも素晴らしいですね。掃除も完璧ですし、もはや私が指導する必要などないかと」

「ふむ……。どうやらすごい人材が入ってきたようだな。なぜあの伯爵は修行させたいなどと言ってきたのか疑問だ……」


 これはマズいのではないかと思ってしまった。

 もしも修行の必要がないなどと言われてしまえば、伯爵邸に強制送還されてしまう可能性もありそうだ。

 一年間だけでも伯爵邸から、特にシャルネラ様から逃げたい。


「あ、でも私化粧とか全然できませんし、メメ様からご教授いただきたいことが山ほどあります。帰りたくありません……」

「そんな心配いりませんよ。一年間はしっかりミリアさんを確保しますので。途中で帰るだなんて言ったら我々が困ります」

「はい?」

「まだ一日しかミリアさんの動きを拝見していませんが、掃除や料理に関しては我々が習うべき点が多いのです。模範になるようなお方を期限前に返してしまうなど、公爵邸として損失が大きいですからね」


 なにはともあれ助かった。

 これで一年間、私は公爵家で使用人修行の身として保証されたようなものだ。

 ホッとひと安心。


「ミリアの料理が素晴らしかった。これからもよろしく頼む」

「は、はい」


 すると、レオンハルト様が食事の手を止めて立ち上がり、私に握手を求めてきた。

 私は握手を交わしたのだが、その直後、レオンハルト様の空いているもう片方の手でが重なる。

 私の右手は、レオンハルト様の暖かく力強い両手に包まれた。


「ひょえ!?」


 私が驚くと、レオンハルト様はすぐに手を引っ込めた。


「す、すまない! つい無意識で……」

「いえ、ちょっとビックリしただけですから」

「本当にすまない。あまりにも美味しい料理で感動してしまって……。私自身も、どうして左手まで……」

「ふふ……ミリアさんはもう伯爵邸には帰れないかもしれませんね」


 メメ様が口に手をあてながら笑っていた。

 私にはどういう意味なのかがよくわからなかった。


 食器類の片付けの最中、メメ様に気になっていたことを聞く。

 使用人としてわからないことがあればなんでも聞いてくれて構わないと言ってくださっているから、遠慮することはないだろう。


「主人様は毒味役なしでいきなり食べてしまわれましたが、良いのですか?」


 食事に関して、伯爵邸のときとゆいつ違うことで、毒味役がいなかった。

 しかも、なんの躊躇もせずに口にしていたのだ。


「はい。公爵邸では信頼のもとで成り立っていますので、問題ありません」

「失礼ですが、私はまだ来たばかりですし、信頼などされていいのかどうか……」

「その点はご心配なく。失礼ながら、本日に限りは私が監視も務めていましたので。疑うようなことをして申しわけありません」

「そんなことありません。当然のことだと思いますし。でも……、」

「でも?」


 私は笑顔になってメメ様に自分の顔を見せた。


「信頼し合っている関係性、とっても良いですね」

「ふふ。ミリアさんならば、すぐに信頼関係を築くことができるでしょう」


 公爵邸の雰囲気にすっかりと惚れ込んでいた。



 ♢♦︎Side♦︎♢


 ミリアが公爵邸へ修行に行ってから二週間。

 シャルネラがミリアに毎日押し付けていた仕事をすべて自分でやることになってしまい、大変な日々を過ごしていた。


「シャルネラよ……。最近どうしたのだ? あまりにも雑だし、仕事自体にも身が入っていないではないか」

「あ、アルバス様。も、申しわけございません……。いえ、その、ミリアさんのことが心配で心配で……」

「そうか。公爵邸に追い払ったときも、シャルネラはミリアのことを心配していたものな」

「えぇ。まぁ……。根をあげて使用人という仕事から逃げ出していたらと思うと心配です」


 シャルネラはミリアを必要としている。

 主従関係と元々侯爵令嬢であるがゆえの権力で、ミリアに全てを任せておいて、シャルネラ自身は楽をするつもりでいた。


 ミリアが頑張ってきた全ての手柄すらもシャルネラのものにしてきた。

 アルバス伯爵もそのことに気がつくことができず、シャルネラを高く評価してしまっていた。

 ミリアから奪った功績のおかげで、シャルネラは念願であったアルバス伯爵と婚約関係にまで発展し、毎日一緒に寝る関係にまで進んでいる。


 ひとつの誤算を除いては、シャルネラの目的は達成されていたと言える。


「部下を心配する気持ちは素晴らしい。だが、それで仕事に身が入らないようでは伯爵夫人としては恥にもなってしまいかねない。気持ちを切り替え、引き続き元のシャルネラのような素晴らしいメイド長として活躍して欲しい」

「はい……。ご心配おかけしてしまい申しわけございません」


 小言も終わり、二人の夜の時間が始まった。

 シャルネラは本来仕事などまともにできない使用人だが、権力を使い周りを利用してきたおかげでメイド長までのし上がった。

 だが、頼みの綱だったミリアがいなくなってしまい、どうしたらいいのかわからない状況になってしまったのだ。

 他の使用人にミリアと同じような扱いをできるような駒がいないからである。


 それでも絶対に婚約関係だけは破綻させるわけにはいかない。

 周りを犠牲にしてのし上がってきたのだから。

 せめて、ミリアが帰ってくるまでの一年間、誤魔化して乗り切ることに必死になるのだった。

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