第3話 ミリアは褒められる

「え……? ミリアさん素晴らしいです。素晴らしすぎますよ!」


 公爵邸使用人のリーダーであるメメ様から化粧のやり方を教わった。

 最初はどうやって良いのかわからなかったため、メメ様にほとんどやってもらったわけだが、彼女は私の顔を見て絶賛している。

 顔を真っ赤にしながら。


 私自身も鏡で自分の顔を見てみたが、自分じゃないとすら思ってしまった。

 今までの地味でボサボサの髪型も改善されている。

 さすが使用人リーダーのメイクの腕前は違うなと思った。


「どうやったらメメ様のように上手く化粧ができるようになれるのか……」

「まずは慣れと経験が大事ですから、毎日欠かさず行うことです。慣れるまでは毎日一緒にやっていきましょうね」

「そんなに丁寧に……?」

「当然ですよ。そ、れ、に、これは私自身の楽しみでもあります。ミリアさんの元の顔立ちも良いですし、しっかりと見た目の意識をしたら女性からも男性からも人気が出そうですから。そうなったら、私はミリアさんを可愛く仕上げた張本人として鼻が高いですし」


 今までは自分の見た目など気にせずに掃除ばかりをしてきた日々。

 シャルネラ様からも、『あなたは化粧などしても無駄です。化粧品を買うだけ無駄ですわ』などと言われていた。

 しかし今日、顔のことで初めて褒められた。


 褒められるって、こんなに嬉しい気持ちになるんだなぁ……。

 もっと可愛くなって、しっかりと客人のおもてなしもできるようになりたい。

 そう思ってこれからは化粧もしっかりとできるようになろうと決意した。


 ♢


 修行二日目。メメ様から掃除を習った。

 まずは、今までどのような掃除をしていたのかを見てみたいと言われた。

 私の欠点や弱点を指摘し改善していったほうが良いと言われ、伯爵邸でやってきたとおりに掃除を始めたのだが……。


「え……? ミリアさん素晴らしいです。素晴らしすぎますよ!!」


 メメ様は私の二つ年上で十八歳。

 侯爵令嬢でもあり、身分としてもシャルネラ様より上の立場のお方である。

 だが、私の掃除に関してベタ褒めをしてくださった。

 私はもったいない言葉をかけられてしまい恐縮してしまう。


「あの、メメ様。欠点のご指導をいただきたいのですが……」

「そんなもの、ありませんね。むしろ、どうやったらこんなに素早く正確かつ丁寧な掃除ができるのか聞きたいくらいです」

「素早い……のですか?」


 またしても信じがたい発言を聞く。

 今まで伯爵邸のメイド長シャルネラ様から言われていたことと、まるで逆なのだ。

 ずっと遅い遅いと言われ続けていたため、素早いと言われたことに違和感しかなかった。


「仕事のペースとしては、早くもなく遅くもないといったところでしょうか。しかし、完成度がまるで違います。本来毎日やらなくとも良いような箇所までも雑巾掛けをして、なおかつ正確なシーツの整え、チリや埃などの撤去など、すべて完璧です。こんなこと、公爵邸で仕えている使用人ではできません」

「は……はぁ……。そんなにですか……」


 少しでも埃や汚れを見つけてしまうと徹底的に綺麗にしなければと思ってしまう。

 特に、タンスの裏側などはゴミがたまりやすいため、掃除道具を使って届く範囲だけでも綺麗にしようとしている。

 それが時間の大きなロスになることはわかっているのだが、どうせ掃除するなら綺麗なほうが良いと考えているのだ。

 まさかこれでペースが普通と言われたことに関してはびっくりだった。


「失礼なことを言いますが、ミリアさんをご指導していた方は見る目がないというか……」

「へ?」

「こんなにしっかりとできるお方が修行に来たなんて、とても信じられませんよ……。むしろ、私たちが習いたいくらいです」


 私は自分自身が仕事ができる人間だとは思っていない。

 むしろ、覚えたいことが山ほどある。

 おそらく私のやる気を引き出すために褒めて伸ばそうとしてくださっているのだろう。

 これからももっと鍛錬していって上達していきたいと思っているたいため、早く色々と習いたいなぁ。


 そうは思っても、毎日のように、『遅い、ノロマ、休むな、終わるまで寝るな』などと言われ続けていたから、褒められることは本当に嬉しかった。


「このことはすぐに主人様とガイム様、それから他のみんなにも伝えなければ」

「そんなおおごとにしなくとも……。料理と庭の手入れも勉強したいです」

「ものすごいやる気ですね。本日の夜の献立と調理は任せてみましょう。ご自身の経験をもとにやってみてください」

「はい! ありがとうございます」


 料理や庭の手入れに関してはシャルネラ様からの命令で、絶対にさせてくれなかった。

 基本的には伯爵様の目の届かない場所で仕事をすることがほとんどだったのである。

 直接食べたり仕事を見られたりするような内容は、私はなぜか除外されていたのだ。


 久しぶりにやるわけだから、掃除のようにうまくはいかないだろう。

 そう思いながら、公爵邸にいる全員分の食事の支度を始めた。

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