第2話 ミリアの新たな使用人生活

 話が決まった翌日、私は公爵家の門を潜っていた。

 伯爵様が私のことを急かすように追い出したのだ。

 私としては公爵邸で修行ができるし、嬉しいしワクワクしていた。


 公爵邸の庭園はキチンとしていて、なにひとつ不備もなさそうで道中に出迎えてくれているかのように咲いている花々がとても綺麗である。

 しばらく歩き、本邸の入り口では、この公爵家の主人であるレオンハルト公爵様が待機してくださっていた。


「よく来たな。ミリア令嬢と会うのは三年前の社交界以来か」

「ご無沙汰しております。覚えてくださっていて光栄です」

「一年間の使用人修行という話だったな」

「せいいっぱい、学習させていただきます」


 公爵邸の中に入るのは初めてだ。

 大勢の使用人たちがいて、しかも顔の知られた貴族令嬢ばかりである。


 またシャルネラ様からのようなきつい命令を受ける可能性もなきにしもあらずといった状況だ。


 だが、レオンハルト様はよく人を見てくださるという噂があり、貴族界隈からも人気が高い。

 おまけに容姿も身長も髪型も全てにおいて隙がない。

 金髪のサラっと整った髪と、群青色の綺麗な瞳は何度見ても惚れ惚れしてしまう。


 おっと、今日から使用人としての修行だし、余計なことは考えないようにしなくては、だ。


「基本的なことは使用人リーダーから習ってもらうが、今日のところは執事のガイムから教わりたまえ」

「はい」


 正面の階段から白髪の老人が降りてきた。

 生き生きとした目をしていて、ピシッとした黒の紳士服を着こなしている。

 老人が片手を胸にあてながら頭を下げた。


「お初にお目にかかります。わたくし、当家の執事を努めておりますガイムと申します」

「ガイムは長年王家で務めていてな。国一番の万能名執事だから、色々と勉強になると思う」


 私もすぐ、両手を前で揃えて頭を下げる。


「お初にお目にかかります、ミリアと申します。このたび一年間、使用人として修行をさせていただきたく参りました。ご教授、よろしくお願いいたします」

「よろしい。しかしながら明日以降は私から特に指導は行いません。主に使用人リーダーのメメにあなたの教育を任せます。ですが、相談、質問などあれば遠慮なく聞いて構いません」

「はい!」

「では、さっそくですが、その公爵邸で仕える身分として、その格好ではダメです。客人をもてなすにも問題があります。まずはお召し替えをしていただき、化粧も整えていただきましょうか」


 さっそく難題にぶちあたってしまった。

 シャルネラ様に日頃の罰としてお金も没収されていたから、現在下着一枚買うお金すらもっていないのだ。

 もちろん、着替えやメイド服は持ってきているが、他の使用人たちのメイド服を見た感じだと、いささか問題があるだろう。


「大変……、申しわけございません。お金がないため、他の使用人さんのようなメイド服を持っていませんし買うこともできません……。化粧品類も揃えるお金が……」

「ミリアさんは、なにを言っているのでしょうか。修行とはいえ、当家で働いてもらうわけですからすべて経費で揃えますよ。あなたが自費で揃える必要など、一切ありません」

「え!?」


 私は驚きながらガイムさんに顔を向け、そのあとレオンハルト様にも確認するために顔を向けた。


「まさか、今まで全て自分の金で使用人として必要な物を調達していたのか?」

「そうですが……、自分が使う分は自分で新調するものかとばかり……」

「……まぁ過去のことは良い。だが公爵邸でそのようなことは決してするでないぞ。公爵として大恥になってしまうからな。気にせず仕事に必要な物や服、そして休暇に着る私服まで全てこちらで揃える。安心したまえ」


 なんという高待遇だろうか。

 今までやりたくてもできなかった化粧までやらせていただけるというわけか。

 ただ、化粧に関しては嬉しかった反面、どうしようか困っていた。

 しかし、すぐにガイムさんが尋ねてくる。


「先ほどの発言とその様子だと、ミリアさんは化粧の経験がお有りでないように見えますが」

「そのとおりです。やってみたい気持ちはありますが、うまくいくかどうか……。さっそくご迷惑をおかけしてしまい、申しわけございません」

「お気になさらず。身嗜みを整えるという面でも使用人としての職務です。しっかりと指導させていただきますゆえご覚悟を」

「ありがとうございます!」

「このあと、私が本邸の中を案内します。そのあとで化粧のやり方を使用人リーダーのメメから教わってください」

「はい!」


 化粧までご指導付きなんて、なんという待遇だろうか。

 知らなかったことや初めてのことも覚えられる機会をもらえたことにはとても感謝している。

 私の使用人生活が始まった。

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