【書籍化】ミリア令嬢の使用人生活と溺愛奮闘記 〜公爵様から求愛されていても、ミリアは気がつかない〜

よどら文鳥

第1話 ミリアの大変な日常

「ミリアさん。こんなに簡単な掃除すら終わらせられないのですか!?」

「申しわけありませんメイド長。必ず綺麗にしますから……」

「そんなことは当然です。罰として、私の担当した部屋もやってもらいます。もちろん休憩している時間などありませんよ」


 私ミリアは使用人として伯爵家に仕えている。

 休日なし、過酷任務、給金は減給という状況だが、それが私にとっての日常だ。


 小さいころから使用人として育てられてきたため、私はそれ以外のことがほとんどできない。

 どうしても丁寧にやらないと納得できないため、あらゆる仕事が遅いと、よく叱られる。

 仕事が多い伯爵邸にとって、私の性格は相性が悪すぎた。


 できれば丁寧にやりつつ、仕事が早くできるようになりたい。


「はい。そのお仕事も、必ず明け方までには終わらせます」

「なにを言っているのですか! 夜中までには終わらせなさい。朝までかかったら明日の仕事に支障をきたしますよ!」

「……かしこまりました」


 最近、貴族界隈で新しい風が吹きはじめた。

 旦那を支える有能な妻とは、家の仕事がなんでもできる有能な使用人であるという考えが広まっている。

 だが、偉いのは有能な妻ではなく、仕事ができる女を迎え入れた亭主。

 学問やダンスよりも、家事が必須となっているくらいだ。


 目の前で腕組みをしているメイド長シャルネラ様も侯爵家のご令嬢だ。

 シャルネラ様の言うことも確かではあるが、そもそも子爵家である私が文句を言える立場ではない。

 貴族界隈の上下関係は絶対だ。


「目は覚めましたか?」


 顔を下に向けて、今日も徹夜か……などと考えていたら、シャルネラ様にいきなり冷たい水をかけられた。


「鈍臭いミリアさんが寝そうだったので。あら、ごめんなさいねぇ。これ、部屋の掃除に使っていた水でしたわ」

「え……?」

「あらあら、タオルで乾かさないといけませんわね。タオルは全部洗ってしまったので、そこの雑巾で拭きなさい」


 シャルネラ様の命令だから逆らえない。

 私は床に落ちている使用済みの雑巾を拾い、覚悟を決めて顔や頭を拭いた。


「まぁ、見違えるほど美人になりましたね!」


 満足したようで、シャルネラ様は部屋を出ていく。

 私の顔から異臭が漂うくらいに臭くなってしまったが、今はそれどころではない。


「全然掃除できていない……。早く終わらせなきゃ」


 部屋の隅に溜まった埃やシーツの乱れたベッド。

 おまけに床の水たまり。

 気になるところがあまりにも多い。


「さぁて、始めますかー! こうなったら徹底的にやらなきゃ!」


 ひと段落ついて時計を見ると、いつの間にか夕食時間も過ぎてしまっていた。

 まだ半分しか終わっていないのに。


 急いで食堂に行き、余ったものをそのままムシャムシャと食べていると、またしてもシャルネラ様が入ってきた。


「ミリアさん。あなたを連れてくるようにと主人様から言われました」

「は、はい。かしこまりました。すぐ行きます」


 今まで、主人様から呼び出されたことなどない。

 私は緊張しながら執務室へと向かう。

 さすがにシャルネラ様の行き過ぎた行為が目に止まったのだろうか。


 ♢


「ミリアよ、おまえの報告はシャルネラから全て聞いている」

「仕事が遅くて申しわけございません」

「この伯爵邸にとって、おまえの存在は迷惑だ」


 主人様の怒号がとんだ。

 シャルネラ様も主人様の隣で、しきりに頷いている。


「そこでだ。ミリアには公爵家で一年間修行をしてきてもらう」

「「え!?」」


 私とシャルネラ様の声がかぶった。

 慌てながらシャルネラ様が私よりも先にたずねる。


「主人様……。別にそのようなことはしなくとも、私がこの先もしっかりとミリアさんの面倒を見ますし」

「いーや、シャルネラには十分すぎるほど働いてもらっている。キミのような優秀な者にこれ以上負担をかけるわけにもいかぬ。それに」

「きゃぁっ!」

「このとおり私はシャルネラを愛しているのでな。キミのためにもミリアには修行させることにした」

「え……えぇ。とても嬉しいですわ……でも」

「私の提案になにか問題でも? これでもミリアをまともな人間にしてやろうと苦肉の策で提案したのだが」

「と、とても名案だと思います!」


 なぜかシャルネラ様の顔が笑っていない。

 私がいなくなることは、二人にとって都合の良いことではないのだろうか。


「先に忠告しておいてやろう。公爵家の使用人は超一流の者しかいない。おまえのような者は逃げ出すのがオチだ」

「逃げたりしません」

「一年間務まらなかった場合は帰ってこなくて良い」

「承知しました。必ず勤めあげてみせます」

「公爵様は婚約相手を探しているそうですよ。あなたが選ばれることはないでしょうけど」


 このとき、私は決意した。

 この伯爵邸に二度と戻らない。

 もちろん使用人として仕事から逃げるのも絶対に嫌だ。

 ならば公爵様に選ばれるような存在になるしか方法はない。


 シャルネラ様が言うように、私にはその可能性はほとんどないだろう。

 少なくとも一年間はシャルネラ様から解放される。

 公爵邸の使用人たちには迷惑をかけないように頑張ろう。


「立派な使用人になれるよう、精一杯修行してまいります」

「まぁ、おまえの顔はこれで見納めになるだろうがな」


 シャルネラ様だけが困ったような表情を浮かべていた。

 私にとっては大チャンスであるため、すぐに自室へ戻り、さっさと荷物をまとめた。

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