墓守りの腕時計
柴田 恭太朗
チョコレートの亡霊
ベッドで寝ている私の口の中に、何か固形物が押しこまれた。
角のある平たい板状の固形物。
固いようでいて、とろける柔らかさと鼻をくすぐる心地よい芳香がある。
私はまだ夢うつつのままだ。
ぼんやり霞んだ意識の下、抗うこともできず、それは口に押し込まれていく。いや、すでに固形ではない。溶けている。口の中で溶けだしたその滑らかな液体を舌の先で味わう。快楽中枢が喜ぶ。口の中に甘くとろける液体が広がっていく。思わず舌が動いて音を立てた。ピチャピチャ。
ハッと目が覚めた、自分が立てた粘着音はそれほど大きかった。口もとから垂れていた涎をあわててぬぐう。口の中には何もない。やはり夢だったようだ。しかし口の中の感覚はハッキリとチョコレートの甘さと芳香を覚えている。
腕時計を確認する。午前二時。よかったもう少し眠れる、私は安心した。隣接する国道を走るトラックの音が微かに聞こえてくる。
私は就寝中も時計を外さない主義だ。この時計の文字盤にはトリチウムを含む夜光塗料が塗られていて、時計コレクターの間でも人気の高いビンテージ品。トリチウムとは放射性物質、光を当てなければ光らない蓄光塗料とは違って微弱ながらも自ら発光する本物の夜光塗料だ。
夜光塗料の腕時計。それは街灯のない真っ暗闇で仕事せねばならない我々の間ではたいへん重宝するのだ。我々のような墓守の間ではね。
ただ、この時計は自分で買ったものではない。墓守の同僚から譲り受けたものだ。
貴重なトリチウムのビンテージ時計は、中古市場へ出せばたいへん高価で取引される。それを気前よくくれるという同僚を不審に思ったものだ。そこで、同僚を問い詰めると、しぶしぶ埋葬品を盗んだと白状した。
死者の持ち物を奪って気持ちが悪いだろうって? 我々が管理しているのは死者ではない。ありがたい仏様なのだ。仏様の施しをありがたく受け取って何が悪い?
国道を走る単調なトラックの音が眠りを誘う。
まだたっぷり四時間は眠れる。
またチョコを食わしてきたら、全部食ってやればいい。私は安心して眠りに落ちて行った。
◇
私が死んだ部屋に、刑事たちが到着した。
若い刑事が片手で鼻をつまみ、もう一方で顔の前の空気を追い払いながら言った。
「ひどいにほひでふね」
「加齢臭だ」年老いた刑事が言う。
「カレーのにほひでふか」
「そのカレーじゃない。しかしなぜ仏さんは口に土をほおばってるんだ?」
老刑事は私の顔の上にかがむと長く考え込んだ。
墓守りの腕時計 柴田 恭太朗 @sofia_2020
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