7 便利な機能で時代をアップデート

 画面はあのアプリだった。田辺はつづけた。

「このアプリさ、リリース三日で百万ダウンロードだってのはもちろん知ってるよな? いまはもっと多い。三百万かな」

 そんなの知るわけがない。しかし國木は黙っていた。

 本山もスマホを取り出していた。こっちのはニュースサイトだった。「五百万達成だってさ、トップに出てる」

 満足げににやつきながらニュースサイトの画面をスクロールした。「先週も一位だってよ。ほれ!」

 そういわれてもわからない。どうしてここまで見くだされなくちゃならないのかも、こんなに自慢するほどの、いったいどんなことを本山たちが知っているのかも。

 田辺がつづけた。「先週もさ、ほら、渋谷で暴行事件あったじゃん、十数人が乱闘したやつ。あれもきっとこれなんだよね」

 テレビのニュースでやっていたから國木もあらましくらいは知っている。繁華街のまんなかで、週末のまっ昼間、とつぜん乱闘がはじまって、三人が死亡、五人が重傷を負った。アプリで判定された敵同士の抗争だったなんて思ってもいなかった。

 本山も自慢げにつけくわえた。「きのうもあったじゃん、福岡の通り魔。あれもこれだぜ、きっと」

 死者二名、犯人は逃走しているとのことだった。それだけじゃなかった。

「帯広もな。あと広島と横須賀のやつもそうだ」

 教師然とうなずきながら田辺がつづけた。「だからさ、もうさ、時代がさ、アップデートされちゃったの。いままでどおりじゃないんだよ。もうもとには戻んないんだよ。時代の変化を敏感に察知して適応できないやつはさ、もうだめ。ぜーんぜんだめ」

「だめってなんだよ?」

 本山が半笑いで教えてくれた。「生き残れないってことだよ。絶滅しちゃうの、恐竜みたいにさ、あっちゅうまに」

 國木はまた屋上でヒーローショーのタイムテーブルを見つめていた子どものことを考えた。あの子はまだ小さかった。

「おまえら、なにいってんだよ?」

 本山も田辺も、わけ知り顔でにやにやするばかりで答えようともしなかった。

 田辺がいった。「いいからさ、もういいかげん落ち着きなさいよ」

 銃口を突きつけたままだった。

 落ち着いていられるわけがなかった。國木はとっさに銃身をつかむと力まかせに押しやって、田辺を背中から壁に叩きつけてやった。

 またエレベータが揺れた。

 ドアが開いた。

 一階だった。

 一階のエントランスは私鉄の駅のコンコースと直結している。日曜日の昼まえとあって、電車が到着するたびに大勢の客が改札からエントランスに流れこんで、エレベータホールに滞留していた。

 さいしょの何人かがエレベータに乗りこもうとして……ふつうじゃない雰囲気に足を止めた。あとから乗りこんできたのがその背中にぶつかり、そのつぎのはあやういところで回避して……じゃまな相手をどうせスマホに気を取られているとでも思ったんだろう、きつい目つきでにらみつけ、なにも気づかないままエレベータのまんなか、國木と田辺のあいだに仁王立ちした。さらに何人かが乗りこんだ。國木は身動きできなくなった。視線を感じたので見まわしてみても、目をそらされてしまうのでだれかはわからなかった。田辺が手のひらをこっちに向けて振っているのでやっと気づいた、田辺のリボルバーを奪い取ったまま、まるでしろうとみたいにずっと銃身を握りしめてむき出しにしていた。あわててシャツをめくってズボンのなかにねじこんだ。まだ駆け出しだったころ、それを持ち歩かなければならなくなったときの定番の隠し場所だった。

 そんなことをしているうちに本山は人混みをくぐり抜けてエレベータを降りていた。田辺もそれにつづいた。國木も急いでフロアに飛び出した。

 見まわすと、田辺の後ろ姿が混雑するエントランスロビーを足早に横切っていた。本山のほうは、すでに駅の構内に駆けこんで、自動改札を通過しようとしていた。

 拳銃を隠そうともせずにふりたてて。

 もういっぽうの手には、敵を確率で判断してくれる便利な機能で時代をアップデートしてしまったとかいう、五百万ダウンロードを最速で達成しトップになったアプリを起動したスマホを握りしめて。


【つづく】


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