墓守りの腕時計
藤泉都理
墓守りの腕時計
部品は全て竹製、動力源は大気に漂う窒素である腕時計は墓守り専用のものであった。
墓場は、時に時空を、時に空間さえ歪ませて、墓守りを違う世界へと落とし、彷徨わせる。
墓守りの腕時計はそれを防ぐ為のものであった。
が。
誰も彼もが腕時計をしていれば、完全に防げるかと問われれば。
そうでもなく。
「おーおー。また来たねえ」
墓守りの腕時計職人の中でも大将と尊敬されている女性は墓守りの腕時計を作る最中、店の扉を壊さん限りに開け放つ新米の墓守りを見た。
新米の墓守りは勢いを殺さずに一直線に大将の元へと駆け寄った。
半べそで。
「わ、私にはもう無理です!墓守り!無理!もう、あっちこっちしっちゃかめっちゃか引き込まれて。もう。もうここには戻ってこれないと思いました!」
「でも戻って来ただろう?大丈夫さ。あんたは大丈夫」
大将は丸椅子から立ち上がって、新米の墓守りの両肩に手を添えた。
けれど、新米の墓守りは頭が取れるんじゃないかと心配になるくらい、首を大きく振った。
「無理無理無理無理無理です!これ返します!私には無理です!」
「あっ。ちょ。ったく」
追い払われた手から新米の墓守りの背中へと視線を向けた大将は、けれど追いかけることなくその場に立ち止まって、強く開け放たれたおかげで何度も前後に揺れていた扉が動かなくなったのを見終わってのち、突き返された墓守りの腕時計へと視線を落とした。
「まあ、そろそろ終わりかもね」
多くの墓は不要という主張が通り、みなこの世の生を全うすれば一つの墓に入るという人々が大多数を占めるようになり、墓の数が日を追うごとに少なくなっていく昨今。
墓守りという仕事は担い手が少なくなるばかりか、知る人すらどんどん減っていくばかり。
時々、墓守りの仕事をしたいという奇特な人が現れても、ああやって逃げてしまうし。
どうしてか逆に、墓守りの腕時計を作る仕事人は止めないでどんどん増えていくし。
「墓守りが居なければ、墓守りの腕時計を作ったって」
しょうがない。
とは言えなかった。
墓守りの腕時計の魅力にみな、ぞっこんなのだ。
どうにかして、この仕事を成り立たさなければ。
「動力源を取り出して工芸品として売り出すか、でも、実用してなんぼだし」
「すみません!墓守りの仕事をしたいんですけど!」
よし、またあとで考えよう。
新たな墓守りを歓迎しながら、大将はそう思ったのであった。
奇特な人なんて、山ほど居るだろうし。
(2023.2.6)
墓守りの腕時計 藤泉都理 @fujitori
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