お隣の斉藤さん

雪待ハル

お隣の斉藤さん




「いただきます」


両手を合わせて、あいさつを。

スマホでラジオを聞きながら朝ごはんを食べる。

味噌汁をすすって、うん、今日も美味くできたぞと頷く。

おれがご満悦で食事をしていると、






モオ~~~






と隣の部屋から牛の鳴き声がした。


「・・・・・・」


もぐもぐと口を動かしながらおれはそちらの方向の壁を見る。

これは隣の部屋に斉藤さんという女性が引っ越してきてからというもの、ずっと続いている現象である。


(今日は牛か・・・)


このリアルな音は、おそらくテレビやラジオの音ではないなと思っているが、おれはお隣さんへ文句を言うことはしていない。

特に騒音という程うるさくはないし、音が鳴るタイミングも真夜中などの迷惑になる時間には鳴らないから、困っていないのである。


(それに、なんか楽しいし)


アパートで牛飼ってんの?という疑問はあるが、まあ今のところこちらに害はないようなので放っておいている。

斉藤さん、一体何者なんだろうな。

そんな事を思いつつ食事を終え、皿を洗って出かける支度をし、スーツに着替えておれは会社へ出勤した。



















「いただきます」


両手を合わせて、あいさつを。

スマホでラジオを聞きながら朝ごはんを食べる。

卵焼きを食べて、うん、久々に甘いやつ作ったけどこっちも好きだなと頷く。

おれがご満悦で食事をしていると、






カア~~~






と隣の部屋から烏の鳴き声がした。


「・・・・・・」


もぐもぐと口を動かしながらおれはそちらの方向の壁を見る。

斉藤さんの部屋、動物でいっぱいなのかな。ちょっと見てみたいかもしれない。

そんな事を思いつつ、思考は今日発売の漫画にスライドする。

あの続きめっちゃ気になる・・・仕事終わりに本屋寄るの楽しみだなあ。

同期の春日とも早く語り合いたい・・・ああー、主人公あの敵と和解するのかな・・・それとも・・・・。

頭の中は漫画の事でいっぱいになったが、ラジオで天気予報が流れたので耳をすます。


(夜に雨か、じゃあ傘持ってくか)


そんな事を考えながら支度を済ませ、スーツに着替えておれは出発した。



















「いただきます」


両手を合わせて、あいさつを。

スマホでラジオを聞きながら朝ごはんを食べる。

おでんの大根を食べて、くうー、味しみしみだな!流石おれ・・・!と力強く頷く。

おれがご満悦で食事をしていると、






グルルルルル・・・・!






と隣の部屋から何やら獣のうなり声がした。


「・・・・・・・・・・・・・・」


もぐもぐと口を動かしながらおれはそちらの方向の壁を見る。

おいおい大丈夫か。獰猛な肉食獣っぽいうなり声だったぞ・・・?

斉藤さんはもしかしたらサーカス団の猛獣使いなのかもしれない。ふとそう思った。

まあ何にせよ、こちらに害がないならおれは気にしないのだが。

今日は日曜日。仕事が休みだからゆっくりするぞ。

食べ終わったら皿洗って、流し綺麗にして、掃除機かけて、トイレも掃除して・・・・後はごろごろしよ。


(まろにー。さんの御本が昨日届いたから、読むの楽しみだな)


そして読んだら長文感想送りつけてやるのだ。覚悟しろまろにー。さん。

口をもぐもぐさせながら楽しみなことを考えるのは、幸せだな。餅巾着も美味しいし。

昨日買い物は済ませたし、今日は一日引きこもる。ゲットした新商品のコーヒー豆はどんな味がするだろう。ワイシャツのアイロンがけは夕方やればいいや。

そんな事を考えている内に食べ終えて、おれは皿を持って台所へ向かった。



















「おはようございます」


月曜日。おれが出勤するべく玄関を出たところでちょうどお隣の斉藤さんも玄関から出てきて、おれ達は何日かぶりに顔を合わせた。


「おはようございます」


おれは挨拶を返す。斉藤さんはにこりと笑ってくれた。

彼女は長い髪を揺らし、タートルネックのニットをスカートインしてお嬢様風コーデだ。

ピンクゴールド色フレームの眼鏡をかけ、レンズ越しの眼差しは春の日差しのようにやわらかい。

謎が多い人だが、きっと優しい人なんだろうなと思っている。


「今日も寒いですねー」


「そうですねー」


「あの、望月さん」


「はい」


「私の部屋、うるさくないですか?」


「いえ、別に?」


こちらを伺うようにおそるおそるといった感じで聞いてくる斉藤さんに、おれはあっけらかんと応じた。

おもしれーなーと思う事はあれど、うるさいと思った事はない。

だから正直に答えた。

すると、


「・・・・・・・・・」


「あの、斉藤さん?」


彼女はうつむいて、難しい表情をした。

だがおれが名前を呼ぶと、ぱっと顔を上げてにこっと微笑った。


「そうですか。なら、よかったです」


「はい。・・・じゃあ、おれこれから仕事なんで」


「呼び止めちゃってすみません。行ってらっしゃい、気を付けて」


「はい、行ってきます」


そうしておれはそのまま何の疑問を抱く事もなく、出勤した。














「・・・もし彼が私の部屋に意識を向けてくれたら、興味を持ってくれたら、謎を解こうと躍起になってくれたら。そうしたら、私の部屋へ招待しようと思っていたけれど。あれはダメね。あーあ、つまんない」


斉藤静香、彼女の正体は宇宙人。

この星の外側からはるばるやって来た存在である。

彼女の部屋へ招かれた者は例外なく中にある■■■を見て正気を失い、そうして異空間へ連れて行かれてしまう。

――――故に。望月克己は生き延びた。彼が己の幸せが何かを知っている者であったが故に。

これからも二人はお隣同士で生活を続けるのだろう。たまに挨拶を交わしたり、謎の音を面白がったりしながら。

これはとある街の片隅のアパートでの物語。

なんてことない、ありふれた、けれど何処にでもはない、そんな物語である。





おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お隣の斉藤さん 雪待ハル @yukito_tatibana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ