オートバイと DNA

 嘘のような本当の話をしたいと思います。

 自分でも「嘘じゃないの」と思うほど現実離れしたお話ですが、混じりっ気なし、フェイクなしの実話です。


 ……嘘だったらよかったのに!


 ▽


 ぼくと奥さんは同じ高校の先輩後輩の関係です。

 卒業後もなんとなく友達づきあいが続いていたのですが、ぼくが留学先から帰国してきたタイミングで付き合い始め、結婚、今に至ります。


 ぼくと奥さんには共通の趣味がありまして、独身時代はとにかくバイクにハマっていました。

 どこに行くにもバイク。

 ちょっとした遠出でも、バイクがあれば気軽に出掛けられます。

 独身時代のぼくたちとバイクは、切っても切れない関係にありました。


 乗っていたのはヤマハの SR という古めかしいバイクです。

 ぼくはゴリゴリのカフェレーサーにカスタムし、奥さんは「ミヤビマルーン」という限定モデルを女性らしく上品にカスタムして乗っていました。

 SR の他にも 1970年製のスーパーカブや、郵便カブと呼ばれる配達仕様のスペシャルカブを白く塗装して乗ったり、はたまたモトコンポという折りたたみのバイクも自分でレストアして乗りました。


 古いバイクが好きだったのです。

 スピードは出なくても、ゆっくりと気持ちよく走るのが楽しかったのです。


 当時は「たぶん一生バイクから離れることはないんだろうな、もしかすると死ぬときはバイクで死ぬかもしれないな」などと思っていましたが、残念。今はバイクとは完全に手を切って、移動といえば徒歩か自転車、買い物に行くときには普通自動車を使っています。


 そこにはちょっと信じがたい、まるで一昔前の流行り物の映画みたいな出来事が関係しています。


 ▽


 奥さんは普段からいつもバイクで移動していました。

 ぼくの家に遊びに来る時も、もちろんバイクです。


 くわしくは説明しませんが、SR は単気筒のバイクで、「ドッドッドッドッドッド……」と小刻みに、とても重たい音がします。

 当時の流行りのレーサーレプリカなどは「ブイーン」「シュイーン」といった音なのですが、SR は長距離走るとネジがどこかに飛んでいくほどドコドコと振動するのです。

 さらにそれをカスタムしているわけで、だから奥さんのバイクの音は聞けばすぐに彼女のバイクだとわかりました。

 親父なども、遠くからドコドコ音が聞こえてくると、「おいカイエ、あいつが来るぞ」と教えてくれたりしました。


 奥さんはぼくの両親と仲が良く(なんなら息子たるぼくよりも仲が良かったかもしれません)、両親もバイクに乗って「こんちゃー」とやってくる奥さんのことを非常に可愛がってくれました。


 ▽


 さて、結婚する前の最後の年の、クリスマスに事件は起きました。

 その日はまだ元気だった祖母も交えて、クリスマス・パーティが開かれていました。

 母も張り切って料理を作り、ぼくもケーキなんか焼いて、奥さん(当時は「婚約者」です)のバイクの音を心待ちにしていました。


 しかし、いつまで経っても奥さんがやってきません。


「バイクの音、せんなぁ」


 親父も待ち遠しそうに言いました。

 ぼくは、家族を待たせていることがなんとなく申し訳なくて、


「もう始めちゃう?」


 と言いましたが、家族は


「だめだよ、ちゃんと待とう」


 と言って、パーティを始めたりはしませんでした。

 とりあえず賑やかに談笑などしていましたが、やはりいつまで経ってもやってきません。


 ちなみに、奥さんは時間をしっかり守るタイプの人です。

 連絡もなしに遅刻することなど、これまでになかったことでした。

 流石におかしいと皆が思い始めた時、電話がかかってきました。


「はい、もしもし」


 相手は警察でした。


「○○さんが、オートバイで事故を起こして病院に運ばれました」


 ▽


 頭が真っ白になりました。

 それに、警察がなぜうちに電話をしてきたのかもわかりませんでした。

 かけるなら、奥さんの実家のはずです。


 警察は「○○さんが、この電話番号の相手のところに向かっている途中だった、と言っていたから」と教えてくれました。


 少しだけホッとしました。

 とりあえず、事故で大怪我をして意識不明になっている、などの問題はなさそうです。


「とりあえず、病院まで来てください」


 警察は言いました。


「すぐに来られますか? お話はその時にでも」


 ▽


 家族全員で病院に向かい、到着すると、奥さんが担架に乗せられていました。

 こちらを見て、


「失敗しちゃった」


 という感じで、ちょっと気まずそうに笑っていました。

 見る限り、怪我をしている様子はありません。

 接触事故とのことでしたが、相手のかたも怪我をしてる様子はありませんでした。


 ひとまず安心しまして、本人に何があったのか訊こうと思ったのですが、先に警察やお医者さんとお話することになりました。


 お医者さん曰く、頭を少し打っているが、特に大きな怪我はしていない、ただ頭については外見からはわからないから、念のためにきちんと調査します、とのことでした。

 お話しが終わりまして、奥さんの病室へ向かいました。

 ドアをあけて、ぼくの顔を見た奥さんはキョトンとした顔をして言いました。


「あれっ? なんでカイエ先輩がいるんですか?」


 ▽


 またもや頭が真っ白になりました。

 なんと、奥さんは記憶喪失になっており、数年間付き合い、紆余曲折あって婚約し、結婚式の日取りまで決まっている結婚相手のことをすっかり忘れていたのです。


 愕然としていると、奥さんは「あれ?」といった感じの、ちょっと困ったような顔をしていました。


 それからのことは、ショックすぎてあまり覚えていないのですが、今から考えてもちょっと現実離れしたお話だと思います。


 婚約者が。

 結婚前の最後のクリスマスイブに。

 パーティに向かう途中にバイクで事故って。

 記憶喪失になって。

 婚約者のことを忘れてしまう。


 なんなんでしょうか、これは!

 流石に盛りすぎです!

 もしこれが映画だったら「出来すぎやろ」と突っ込みたくなります!

 脚本家の実力を疑いたくなるほどチープです!

 原作者出てこい!


 でも、誓って嘘ではありません。

 フェイクなしの実話です。


 ぼくは膝から崩れ落ちまして、さめざめと泣きました。

 家に戻ってから、なんどもトイレで吐きました。


 いろいろ大変な人生を送ってきましたが、これほどショックだったことはありません。


 ▽


「ハーメルンのバイオリン弾きを全巻持ってきて」


 翌日、面会可能な時間になってすぐ、ぼくは奥さんの病室へ行くと、開口一番に奥さんに言われました。


 見れば、すっかり元通りになっており、前日にぼくのことを忘れていたことも、なんなら事故そのもののことも全く覚えていませんでしたが、とにもかくにも、ぼくは「カイエ先輩」から「婚約者」へと返り咲くことができました。


「な!に!が! ハーメルンのバイオリン弾きだー! どんだけ心配したと思ってるんだよ!!」

「覚えてないんだからしょうがないでしょう!!」


 ちょっとした喧嘩になりましたが、とりあえずは万事元通りとなりました。


 ▽


 このことがあり、ぼくは奥さんに「バイクから降りてくれ」と頭を下げました。

 当然ゴネられましたが、「ぼくも降りるから」と言って説得し、渋々納得させました。

 きっと本当は乗りたかろうに、奥さんは今でもバイクには乗っていません。原付バイクですら、です。

 複数台所持していた骨董品みたいなバイクたちも売り飛ばしました(二束三文でした)。


 ぼくにしたらたまったものじゃありませんが、奥さんにしても「記憶がないことを反省できない」わけです。

 奥さんは、この話題が出ると決まって機嫌が悪くなりますが、ぼくにしても一生忘れられない体験です。


 一生で三本指にはいる恐怖体験でした。


 未だに海岸沿いを気持ちよく走る夢を見たりしますが、それでもぼくは、あれから一度もバイクにはまたがっていません。


 きっと、DNA レベルでバイクが好きなのだと思いますが、奥さんと比べることはできません。


 ▽


 先日、中学に上がったばかりの次女が、突然「バイクに乗りたい! SUZUKI の Ninja 250!」と言い出しました。


 びっくりしました。


 すると、それを聞いた長女(変則的なシノワズリです)も参入してきて、「あたしは中国の『幸福シンフー(Xingfu)250A』をレストアして乗りたい!」と言い出しました。


 思わず無言で奥さんと顔を見合わせました。


「「DNA 怖ぇー……」」

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