チョコレートパフェマップと文化遺産
喫茶店が好きです。
美味しいコーヒーや居心地のいい環境を求めていろんな喫茶店に行きました。
「カフェ」ではなく「喫茶店」です。
あるいは「純喫茶」でも構いません。
お金もかかることですし、自分でコーヒーを淹れるようになったこともあり、最近は頻繁に通うようなことはなくなりましたが、若い頃はお気に入りの喫茶店がたくさんありました。
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ところで、なぜか意外がられることが多いのですが、ぼくは喫煙者です。
喫む頻度が少ないのと、「人前で喫まない」というルールを自らに課している関係で、友人知人でも知らない人が多いのですが、話すと「煙草とか嫌いそうなのに」と言われたりします。
普段は、紙巻きではなく
もともとはキャンプのお供限定だったのですが、コロナ騒ぎで出掛けられなくなったころに、庭や換気扇の下でこっそり愉しむようになりました。
「人前で喫まない」とは言いましたが、例外がありまして、それが喫煙可能な喫茶店での喫煙です。
非喫煙者がほとんどやってこないので、これくらいは許されるだろうという判断です。
お気に入りは、大阪梅田にある「ニューYC」という喫茶店なのですが、たまに場末の喫茶店を見つけると「こんど煙草を持って来よう」とメモを取ったりします。
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うちの近所に、50年以上の歴史のある大型ショッピングセンターがあります。
「ショッピングモール」なんていうよりも「ショッピングセンター」のほうがずっとしっくりくるような、ボロボロの建物です。
ぼくのような
そのショッピングセンターは来月(2024年10月)に改築になるそうで、それを惜しむ好事家たちが押し寄せているようです。
ぼくも久しぶりに足を運びました。
同じく懐古趣味(というかガチの明治〜昭和の文化マニア)の長女と一緒にです。
きっと昔はモダンであったであろう意匠の凝った階段、ガタピシいう上りエスカレーター、異界へ連れていかれそうなエレベーターを使って専門店街を見て周りました。
たくさん写真も撮りました。
子どものころ、階段の踊り場にあるベンチで「パンチ焼き」という名のお好み焼きを食べたことなどを思い出しながら、最上階へ向かいます。
そこにはお好み焼き屋さん、中華料理屋さん、そして喫茶店がふたつあります。
もう10年以上足を踏み入れていなかったフロアは、子ども時代と全く同じ空気を纏っていました。
ふたつの喫茶店のうち片方は今どき珍しい喫煙可能店になっておりまして、そこが主たる目的地です。
▽
時の止まった空間がそこにありました。
メニューはどれもお安く、内容はといえば「きっと50年前から変わってないんだろうな」とった感じの昔ながらのものばかりが並んでいます。
窓際の狭い席を選んで座って、懐かしい昭和の匂いを感じながら、ゆったりと煙草を楽しみました。
煙管は流石に目立つので、このために買った紙巻きです。
店主のお婆さんは親子連れのぼくと娘を歓迎してくれて、「よかったらこれ食べて」と茹でたとうもろこしを分けてくれました。
ぼくが頼んだのはフルーツパフェとブレンドコーヒー、娘が頼んだのはピラフとアイスコーヒーでした。
どれも「そうそう、欲しかったのはまさにこれだ」といった風情の、なんの気も衒わない昔ながらの、しかし丁寧に作られたお皿が並びます。
娘と静かに喜びと寂しさを噛み締めながらいただきました。
とても美味しいものでした。
ゆったりとした時間の中で、昔の話を語りました。
それはこんな話です。
▽
ぼくはパフェ、とくにチョコレートパフェが大好物です。
とくに定番中の定番であるバニラアイス、植物性の生クリーム、チョコレーシロップのマリアージュがお気に入りです。
小洒落たカフェで出てくる濃厚なチョコレートアイスやカラメルシロップを盛り付けたインスタ映えするようなパフェも嫌いではないですが、ぼくにとって「チョコレートパフェの味」のイメージは明確です。
中学生の頃です。
昔は近所にたくさんあった喫茶店のチョコレートパフェは食べ尽くし、少しずつ搜索範囲を広げていき、しまいには梅田、本町、心斎橋、果てには他県にまで足を伸ばしました。
まだインターネットが本格的に普及する前の話ですので、どんなパフェが待っているのか、ちょっとした冒険でした。
食べたパフェは
そして思いついたのが「日本全国行脚チョコレートパフェマップ」を作ったらどうか、というものです。
実際問題としては、チョコレートパフェを出しているお店なんて日本に何千件あるのかわかりません。
よく考えればそのアイディアの実現は不可能なのは明確なのですが、特に気に入ったお店をピックアップして本にして出せば、喜んでくれる人もいるのでは? と考えたのです。
これがもし2024年の今であれば、そうしたコンテンツも実現可能かもしれません。
YouTube や TikTok でショート動画を出せば、ひょっとしたらバズった可能性もあります。
ただ、当時にそんなものはありません。
数年ほどは、どこかに足を伸ばすたびに喫茶店に入り、チョコレートパフェとコーヒーをお供にポケットに忍ばせていた単行本をゆっくりと読むという、なかなか渋い行動を取っていました。
咄嗟のアイディアはたくさんありましたが、これは今でもちょっと印象に残っているものの一つです。
……と、こういう話をすると、家族や友達に呆れられます。
「……時代を先取りしすぎだね」
「そうだなぁ」
この日も、娘とそんなことを話しながら、もうすぐ無くなってしまう美しくも貴重な空間を楽しみました。
▽
そこで食べたピラフと、途中で飛び入り参加してきた次女が頼んだ玉子サンドがあまりに美味しかったので、休みを利用して再現に努めています。
ピラフはまだ構想中ですが、たまごサンドは上手く再現できまして、さきほど突然来られたお客さんにお出ししたらずいぶんと喜ばれました。
近日ピラフも再現予定です。
味の記憶は鮮明です。これでもぼくは元レシピ開発者ですので、だいたいのレシピの目処は立っています。
……と、ふとアイディアが浮かびました。
▽
近々閉店するお店に伺って、もしも残しておきたいレシピがあれば、それを Web で紹介していくってのはどうだろう?
閉店直前のお店の様子なども写真付きで残しておけば、お店にとっても、そのお店のファンだったお客さんにとっても、よい記録になるのではないか?
これまで消えていくだけだったレシピや、店主の想いが詰まったこだわりの店内を、文化遺産として残していければ、喜んでくれる人は多いのでは?
これは良いアイディアに思えました。
もしこのアイディアをもっと早く思いついていれば、あの懐かしの「とくや」のたこ焼きの味や、「喫茶パルナス」の店内を後世に残し、ファンの人たちが語り継いでくれたかもしれません。
閉店情報はネットでいくらでも見つかるし、ある程度の歴史のあるお店をピックアップして、誠心誠意お話しすれば「いいよ」とレシピを教えてくれる方もいるのではないでしょうか。
技術的には問題はありません。Web サイトの作成や運営はお手のものですし、写真撮影や簡単な文章作成程度ならなんとかなりそうです。
デザインも長女に頼めばなんとでもなるでしょう。
運営費用は広告収入や
YouTube ショートや TikTok と連動すれば、閉店間際のお店に人を呼び込む可能性だってあります。
▽
でも、きっと現実的ではないでしょう。
実際にやるとなれば、膨大な時間と手間、お金、人、そして交渉術(これが一番厳しい)が必要でしょうし、中には「うちが潰れるのがそんなに面白いか!」と怒り出す方がいないとは限りません。
それでも、これまで消えていった何千というお店、何万というレシピを思うと、なんとも切なくなるのです。
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追伸 :
万一このアイディアを実現したい人がおられなら、ぼくにはなんの見返りも必要ありませんので、ぜひやってみてください。
庭にはいつも、ちよろずの落ち葉 カイエ @cahier
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